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忘れ得ぬ夢〜浅葱色の恋物語〜
【女性向け 官能小説】

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知られざる思い-4

「そやったか……。そんなことマーユに……」ケネスは苦しそうな目をして顔をゆがめた。
 前に座ったシヅ子の目には涙が溜まっていた。「わたしがみな悪いんや……アルにそこまで強烈に辛い思いをさせてたんやな……」
「今の親父の話、間違いないんか? どっちが大きい、とか妙ちくりんなことほんまに訊いてきたんか? おかあちゃんに」
 シヅ子はうつむいていた。その瞳から膝にぽたりと涙が落ちたのをケネスは見た。
「……間違いないわ。確かにあの夜、あの人そんなことばっかり訊いて来よった……」シヅ子は洟をすすった。
「おかあちゃん、苦しかったやろ、それに答えんの」
 シヅ子は顔を上げ、赤くなった目をケネスに向けた。「罰や、思て、正直に答えたわ。わたしが犯した罪への罰や、思て。それに偶然やろけど、ベッドに手、縛りつけられたんも、きっと自分がやったことの報いや、思たで」
「それまで親父に縛られたりしたこと、なかったんか?」
「その夜が初めてやった。アルがなんでそないなこと急に言い出すんか理解できへんかったけどな」
「おかあちゃんがコトの次第を親父に告白する前の段階やったんやろ?」
「そうや。もしかしたらあの人、自分でも知らんうちに勘づいとったんかな……。わたしの罪の意識を本能的に嗅ぎつけとったのかもしれへん」
「偶然にしては、確かに……」

 ケネスはテーブルにほおづえをついて、シヅ子の顔を見た。
「親父がそんなに苦しんどった、いうこと、おかあちゃんは知らんかったんか?」
「……そこまで苦しんではったやなんて知らんかった。わたしがあっちを引き払って帰ってきてからは、ずっとあの人にこにこしとったから気づかへんかった」

 そう言ってシヅ子はケネスの前に置かれたアルバムに手を伸ばし、ページをめくった。そこにはシヅ子とアルバートのツーショット写真が貼られている。

「それにこの話題はそれから暗黙のうちに二人のタブーになっとったからな」
「そうやろな。無理もないわ」ケネスはそう言ってテーブルの端のウォーマーに置かれたデキャンタを手に取り、横のマユミに目を向けた。「マーユ、お変わりは?」
「うん。いただく」
 マユミのカップにコーヒーを注ぎ入れながらケネスは言った。「そやけど、なんで親父、マーユにそないなこと話したんやろ」
 マユミは数回瞬きをして言った。「真雪の一件があったからだと思う」
「真雪の?」ケネスが言った。
 マユミはシヅ子に顔を向け直した。「アルお義父さまにこのお話を聞いたのは、真雪のあの出来事のすぐ後。丁度今頃、もうすぐクリスマス、って時でした」
「そない前に、あの人……」シヅ子は放心したように言った。
「お義父さまは、自分と同じような気持ちになっていた龍くんに、このことを話して聞かせてくれ、っておっしゃいました」
「龍に……」


 ケネスとマユミの娘真雪は、いとこの龍と結婚し、現在二児の母になっている。その真雪にも不倫の経験があるのだった。
 今から7年前。真雪が専門学校生だった二十歳の冬、彼女は実習先の研修主任の男に食事に誘われ、そのままホテルで関係を結んでしまった。
 真雪の場合はその相手に抱かれたのは二日間だけで、しかもその男性に心奪われていたわけでもなく、その後すぐに恋人だった龍との関係は修復されていったのだが、寂しさに負けて年上の男性に抱かれたこと、その際に避妊の措置を取らなかったこと、本人も激しく後悔していたことなど、シヅ子の身に起きた出来事と状況が良く似ていたのだった。


「あたし、お義父さまから聞いたこの話、龍くんだけじゃなくて、彼と真雪の二人にして聞かせました。お義母さん、勝手なことをして済みませんでした」マユミは頭を下げた。
「いやいや、かえって良かったわ。ほんまやったらわたしの口から真雪たちに話さなあかんことやからな。おおきに、ありがとう」
「龍くん自身、その後アルおじいちゃんを訪ねて直接話を聞いたみたいです。たぶんまだ心に蟠(わだかま)りが残ってる時」
「そやったか……」
 マユミはケネスに顔を向けて微笑んだ。「随分気が楽になった、って龍くん言ってたよ」
「親父のヤツ、同じ思いをしとった龍に自分のその時の気持ちを話して聞かせて、少しでも安心させよ思てたんかな」
「きっとそうだね」

 シヅ子が申し訳なさそうに眉を下げ、ケネスとマユミを交互に見た。「わたしな、真雪があんなことになった、いうこと聞いた時、ああ、なんちゅうこっちゃ、わたしと同じや、って運命を呪ったで。ほんで自分を責める気持ちにもなっとった」
「おかあちゃんのせいやないで」
「寂しさが募ると脆うなる、っちゅうところがわたしによう似とる、思たわ。そやからもっと早うにあの子に話しとかなあかんかった、思た」
「どないな理由でこの話すんねん。いきなりこんなこと聞かされても、真雪は不審がるだけやで」
「そらそやけど……」シヅ子は肩をすぼめてうなだれていた。
「大丈夫や。あの子も龍もちゃんと乗り越えたよってにな」
 シヅ子はうつむいたまま言った。「……そうやな。かわいい二人の子もできたしな」


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