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忘れ得ぬ夢〜浅葱色の恋物語〜
【女性向け 官能小説】

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温かな職場-5

 それから数日経ったある日。夏に逆戻りしたかのように朝から気温がぐんぐん上がった。私は昼休みの時間に、クラスの女子生徒の使う教材について相談しようと主任を職員室に訪ねた。
 いつもその時間、机で文庫本を広げ、コーヒーを飲みながらくつろいでいるはずの彼の姿はなかった。
「主任はどこにいらっしゃるか、知りませんか?」
 私はハンカチで額の汗を拭いながら、丁度そこにいた同僚に訊いた。
「ああ、主任は午前中から裏庭にいるよ。花壇の手入れをするって」
「ええっ?! こんなに暑いのに?」
「主任、好きだからね、土いじり」
 その同僚は自分の机の引き出しから歯磨きセットを取り出すと、足早に職員室を出て行った。

 私は裏庭に出た。その広い芝生の庭を取り囲むようにして、煉瓦で囲まれたいくつかの花壇があり、それは各クラスごとに割り当てられ、名前がつけられていた。
 私は『たんぽぽの花畑』という木の立て札が刺さった花壇に目を向けた。プレハブのさして大きくもない農具倉庫のすぐ横にある、二坪ほどの広さのその花壇に向かって、神村主任はTシャツにジャージー姿でしゃがみ込み、汗だくになって一心に雑草抜きをしていた。

 丁度その時、二人の車いすの若い生徒がボールを持ってスロープを降りてきた。
「あなたたち、外で遊ぶのなら、帽子かぶらなきゃだめよ」
 私のその声を聞いて、神村は振り向き、にっこりと笑って軍手をはめた手を小さく振った。
 私は裏庭への出口に戻り、車いすの二人が所属するクラスの教室に向かった。そして中にいた担当の職員に事情を話して、二人の荷物から帽子を出してもらい、それを受け取ってすぐに裏庭に戻った。
「ほら。今日は特に暑いんだから。熱中症になっちゃうよ」
 私はそう言いながら二人に無理矢理帽子をぎゅっとかぶせてやった。

 目を上げると、先の花壇に神村はいなかった。
「あれ、もう中に入られたのかな……」
 私はそう独り言をつぶやきながら『たんぽぽの花畑』に近づいた。そこでは夏の間眩しく空を見上げるように咲いていたひまわりが、もう時季が過ぎてしょんぼりとうなだれ、枯れて立っていたはずだ。それはすっかり抜き取られていて、今が盛りと咲き誇るコスモスだけが、その花壇の半分に残されていた。そしてその根元の雑草もきれいに抜き取られ、土は丁寧にならされていた。
「神村主任」私はきょろきょろしながらそう声を上げてみた。
 彼の姿は見えなかった。
「浅倉さん?」
 農具倉庫の方から声が聞こえた。
 私はその小屋の裏手に回ってみた。

 少し西に傾いた陽をその庇が遮っている倉庫の陰に、神村主任は座って水筒の水を飲んでいた。
「やあ、浅倉さん。どうしたの?」
 そう言いながら主任はいつもの笑顔を私に向けてきた。
 彼はジャージを膝までまくり上げ、上に着ていたTシャツを脱いで裸になっていた。首にタオルが掛けられ、彼は汗で光った顔をそれで拭った。

 私は自分の鼓動が速くなっているのに気づいた。

「僕に用だった?」
「え? は、はい。大した用事じゃないんですけど……」
 神村は立ち上がった。

 背の高い彼のその半裸姿を見た時、私は大阪の恋人アルバートの身体を強く思い出していた。
 服を着ている時は、どちらかというと華奢に見えるその身体は意外に筋肉質で、ふっくらと盛り上がった胸の筋肉が健康的で逞しい印象を与えた。


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