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忘れ得ぬ夢〜浅葱色の恋物語〜
【女性向け 官能小説】

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温かな職場-4

 明くる日から朝のお茶配りは、私と林田の共同作業になっていた。
「あんなこと言ったけど、助かるわ、浅倉さん」
「そうですか?」私は茶筒の蓋に手を掛けて言った。
「このささやかな仕事自体は、私、苦にならないんだけどね、」林田はやかんの位置を少しずらして続けた。「私が休みの日が気がかりで」
「そうなんですか?」
「そうよ。だって、みんなの湯飲み、知ってる人、私以外にいなかったわけだし」
 困ったように眉を下げた林田に、私は目を向けて言った。「わたしがやりますから、これから気兼ねなくお休みをとってください、林田さん」
 林田はにっこりと私に笑顔を向けた。「ありがとう。そうする。浅倉さんって若いのにしっかりしてるわね」

 私は茶葉を入れ終わった急須を横に置いて、いつもの盆にスタッフの湯飲みを並べている時、そのほとんどにかなりの茶渋がこびりついていることがむやみに気になり始めた。
「林田先輩」
 急須にやかんから湯を注いでいた林田が、その作業を続けながら応えた。「なあに?」
「ここに漂白剤って、置いてあります?」
 やかんを五徳に置き直した林田は、残念そうに言った。
「漂白剤は置いてないわね。私見たことないもの」
「そうですか……」


 その日の仕事が終わってすぐ、私は近くの小さなスーパーから食器用漂白剤を買ってきた。そして給湯室に入ると、早速スタッフ全員の湯飲みを洗い桶に入れ、ポットの残り湯と足し水でひたひたにしてその漂白剤を中に垂らした。
 そしてその明くる日、林田よりもうんと早く出勤した私は、つけ置きしていたみんなの湯飲みをすすぎ、食器用洗剤で洗い直して、前の日漂白剤といっしょに買った真新しいさらしのふきんで丁寧に拭き上げた。

 そのことに最初に気づいたのは、当然林田だった。
「あれえ?! きれいになってる!」
 彼女は私が盆にすでに並べていたスタッフ全員の湯飲みを見てびっくりしたように大声を出した。
「もしかして、漂白したの? 浅倉さん」
「は、はい。ちょっとお節介だったでしょうか……」
「そんなことないわ。みんな喜ぶわよ。誰だって茶渋で汚れた湯飲みよりきれいな方がいいもの」

 その日、私がいつものようにデスクにみんなの茶を配っていると、神村がわざと他のスタッフにも聞こえるように言った。「浅倉さん、ありがとう。湯飲み、きれいにしてくれて」
 そして手を止めた私に向かって嬉しそうな笑顔を投げた。
 立ち上がって机に手をついたその背の高い主任に、私も恥ずかしげな笑みを返した

 用意した全員分を配り終わり、自分の机に向かって座った私は、ふう、とため息をついた。そして虚ろな目で本立てに並んだ障害者福祉関連の本の背表紙を眺めながら、湯飲みを持ち上げ、茶を一口すすった。
「どうしたの?」
 隣の林田が椅子に腰掛けると私に顔を向けた。「何だか元気ないわね」
「いえ、何でもないです。大丈夫です」そして私は無理して笑顔を作り、言った。「今日もがんばりましょう、先輩」


 私がため息をついたのには訳があった。大阪の恋人アルバートからの手紙が2週間ほど途絶えていたからだった。私はその間3通の手紙をしたためて彼に送った。しかし、毎日の仕事を終えてこの机を見ても、彼からの便りは置かれていなかった。
 私は彼に、手紙は寮ではなく職場に送って欲しいと頼んでいた。恋しい彼の、たどたどしくも一生懸命に書いた日本語の手紙を一刻も早く読みたかったからだ。
 最近は、いつも郵便物を宛名に応じて配ってくれる事務員の女性よりも先に、施設の郵便受けを覗くこともあった。しかしアルバートからの手紙はその束の中に発見できなかった。そんな日がここのところずっと続いていたのだった。



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