笛の音 1.-31
「有紗さん……」
近くから呼ばれる声を聞いても、羞恥のために瞼を開いて直樹を見ることはできなかった。なので突然喉元に、今までキスをされていた感触そのままに、愛しみを込めた唇が押し当てられて、
「うあっ……!」
と、言った本人が声音の淫らさに取り消したくなるほどの喘ぎを上げた。はだけた肩口から首筋を慈しみでなぞられ、背を支えていた手が後ろからキャミソールの中に入ってきてブラホックを外される。そのままゆっくりと直樹の上から寝台へヒップを降ろされ、脚を折ったままの姿勢で座らされると、立膝で寝台に上った直樹の唇が真上から有紗を吸ってきた。
「んっ……、あっ……、は」
顔を真上に上げたままキスをされると、漏れる息はより卑猥なものに感じられたし、舌が絡み合う音が大きくなった。想像できなかった羞恥と快楽に戸惑っている有紗の裾を、直樹が両手で掴んで引き上げてきた。肌が晒されていくが、頭上からのキスをやめることができない。唇を離した刹那に両手が持ち上がって、上半身全ての衣服が取り払われた。衣服と一緒に巻き上げられた髪の毛先が落ちてきて胸元や背中の肌を擽って初めて、完全に上裸にされたことに気づき、有紗は慌てて両手で身を隠した。
「ちょっと、直樹……。」
羞恥に搾り出すような声を漏らし、狭い寝台にヒップを付いたまま体を抱いて顔を伏せた有紗に、すぐに直樹の手が伸びてきた。肌のどこに指先が触れてもゾクゾクと身震いがする。その手がさっき見過ごされたスカートのホックにかかって緩められた。
「……有紗さん」
名を呼ばれたのは合図だ。だが有紗はとても応じられなくて、俯いたまま首を振った。こんなスカートの中、見せるわけにはいかない。
「有紗さん」
もう一度呼ばれて、有紗は、もうっ、と呻きを漏らしたあと、
「私ばっかり、ずるい……」
と下を向いたまま言った。すると直樹の手が離れる。傍から衣擦れの音がする。カシャリとベルトの金具が鳴る音。ファスナーが降ろされる音も聞こえてきた。
音がしなくなった。暫くして恐る恐る顔を上げると、目の前に下着のみの姿になった直樹がいた。彼の裸体を初めて見た。花火を眺めた川辺で――いや花火など見ていなかった――、身を接して少し汗に濡れるTシャツ越しに感じた直樹の体がそこにあった。細身だが引き締まっている。とても綺麗だ。直樹が再び有紗のヒップに残されていたスカートを掴んでくると、有紗はその体に潤んだ瞳で見惚れながら腰を浮かせ、脚から抜かせていった。
「すごく、きれいだ」
両方の手首を掴んで優しく引いてくる。身を起こしてシーツに膝をつく途中で、スカイブルーのショーツの鼠径部にまでシミが滲んでいるのが見えて、思わず腰を引いて隠そうとしたが、グッと力を込められて手を動かせず、そのまま前に引かれていった。直樹が伸ばした長い脚を立膝のまま跨ぐと、彼の目が自分より下方にあった。見上げられると熱く頬が染まって、
「あ、あんまり見ないで」
と垂らした髪に顔を隠しながら言った。
「見たいよ」
「暗くしよう……?」
「いやだ。有紗さんを見ていたい」
更に手が引かれる。眼下に広がる直樹の肌の誘惑に抗えず、有紗は引かれるままに膝を進めた。手首が離されて、腰と背中へ巡らされると、有紗は肌を震わせて直樹の両肩に手を添えた。まだだった。まだ更に引き寄せられる。腰を下ろしていき、バストに彼の肌が触れて、お互いの上体を密着させるまでに抱きしめられると、
「うああっ……」
と有紗は仰け反った。直樹の肌が擦れ、その匂いの中に包まれると、膝が浮いて跨いでいる腰がビクンと跳ねた。ショーツに更に染みを広げてしまっただろう。
「直樹っ……」
恥ずかしさを押し隠すためだけではない、もっと愉楽をもたらされたくて有紗は力の限り直樹に抱きついた。直樹も有紗を強く抱き寄せてくる。
「きもちいいよ、有紗さん……。おかしくなりそう」
直樹の陶然とした声が聞こえ、彼もまた自分と同じ思いをしてくれていることが嬉しくて、有紗は自分から唇を吸いに行った。身を擦りつけ過ぎたから、いつの間にか有紗のショーツの中心は直樹の股間に触れていた。脚の間に彼の下着の向こうの硬みを感じた瞬間、直樹の体が痙攣する。呻きを漏らし、あまりにも心地いい有紗の柔丘が触れ続けることを危惧した直樹が、下肢を蠢かせて腰を引こうとしたが有紗は更に追いかけて上体ごと擦りつけた。
「うあっ」
縦に浮き出る硬い畝にクロッチを押し当てると、中で敏感になっていた雛先も擦れて腰がヒクついた。物凄く卑猥で、物凄く心地よく幸せな遊びだった。
「んっ、だ、だめだよ、有紗さん……」
「だ、だって……、とまんない」
「も、もう我慢できなくなるよ」
「……っ、……しなくていい」
有紗は鼓動を高鳴らせて、「私も、我慢できない」
そう言って顔をのぞき込むと、ちょうど直樹も有紗を見上げてきていた。暫く見つめ合って、お互い微笑んだ。