〜 体操 〜-3
「ったく……これでも手加減してるのに……」
ズン。
「あぐっ」
爪先をみぞおちに押し込み、勢いよくあたしは蹴飛ばされた。 そのまま二回、三回と転がった時、あたしは再び列の中に戻っていた。
「22番。 前にでなさい」
「ハイ! ご指導ありがとうございます!」
俯せになったあたしの頭上。 聞きなれた小気味よい声がする。
「どんな動きなのか、貴方ならある程度見当ついてるでしょ」
「ハイ! 僭越ながら再現さていただきます!」
「ちょっとでも甘い動きしたら容赦なくいくわよ。 バッチリ決めてよね」
「ハイ! ご指導ありがとうございます!」
え? あれ? もしかして……あたしを許してくれたのだろうか?
やったことといえば、叩かれて倒れて、泣きじゃくっただけだ。 間違っても8号教官の期待に応えてはいないし、満足いく受け答えもできていない。 それなのにあたしがこっち側に戻されたということは、ある意味許されたということ?
「ひくっ、ぐすっ、うええ、ひぐっ……」
涙で霞んだ視界では、身体中を赤く腫らした22番さんが、あたしたちに向かって手足を振っていた。 ベロを根本まで見せ、交互に左右の手を掲げ、手にあわせて足をもちあげる。 もちあげた足の裏を前にするため、支える反対側の足を『くの字』に曲げる。 太腿を胸元近くまで振るせいで陰唇がめくれ、隠れた桃色がチラチラ覗く。
そういえば確か、本で読んだことがある。 昔の犯罪者は、刑務所で移動するたびに『カンカン踊り』と称して全身に不要物がないことを証明させられたんだとか。 手足の裏、脇、股間に何もないことを確認してもらう動きを踊りに例えて『カンカン踊り』と呼んだとか。 8号教官がいう『カンカン体操』は、まさに『カンカン踊り』だ。 違うところといえば、足をより高く持ち上げさせるところと、『踊り』がすぐ終わるのに対して『体操』は延々動作が続くところだ。
「わたしがいいというまで続けてよぉ。 ほらほら遅くなってるじゃないの。 テンポよく、はい、いっちに、いっちに! 自分でも拍子をとりなさい、さんはい、カン、カン、カン!」
「ひゃい! ご指導あいあとうごあいますっ、カン、カン、カン!」
右手右足、左手左足、右手右足、左手左足。
バタバタとその場で大袈裟に足踏みする仕草は、お世辞にもスタイリッシュではない。 それでもあっさり放棄したあたしに比べ、22番さんは圧倒的にすごくて、素敵だ。 そう思うとみっともない体操すらもカッコよく映る。
「よーし、その調子、その調子♪ そろそろ全員でいくわよ〜、せーの、右、左、右、左! カン、カン、カン、カン!」
「「ハイ! カン、カン、カン!」」
みんなが22番さんに続いて動く。 あたしも一生懸命身体を起こす。
このまま泣いてばかりはいられない。 あたしが体操できなかったツケを誰かが払っているのなら、せめて想いに応えたい。 きっとあたしは後で特別指導だから、このまま泣いても体操しても大差はないんだろう。 それでも22番さんの頑張りを無駄にしたくなかった。
「「舌がぬるいよ〜、もっと出して、はい、テンポよく♪」
「「カン、カン、カン、カン!」」
……。
いつになったら終わるんだろう?
かろうじて母音を合わせる声帯が痺れ、声がかすれ、喉はつぶれる寸前だ。 大きく振り続けた手足は、特に腿が悲鳴をあげて、少しでも気を抜けば倒れそうになる。
楽しそうに笑顔で手拍子をとる教官と、明るく照らす太陽と、作り笑顔のあたしたち。
時折思い出したように響く鞭の音色をアクセントに、大声の合唱がいつまでも続いた。