〜 体操 〜-2
「まだまだ動きが硬いな〜。 これ、何回繰り返しても同じなんじゃないの?」
「「ハイ! 申し訳ありません!!」」
「どうしたらいいかな〜。 う〜ん、ちょっと気分転換で、違う体操してみよっか」
「「ハイ! ご指導ありがとうございます!」」
あたしも声を張る。 いままでは、自分が違うことをいって唱和が崩れるのが怖くって、大きく口を開けて声を出す振りをしていた。 だけど今は違う。 教官の言葉に集中するうちに、また22番さんの受け答えを聞くうちに、どう返事をすればいいか薄っすら見えてきた。
「誰に見本を頼もうかなあ。 22番は……う〜ん、赤すぎて目に悪いわね、貴方」
「も、申し訳ありません! あの、もっと肌を鍛えてください!」
「厭よめんどくさい。 だいたい、鍛えてどうにかなるもんでもないでしょ。 バカじゃないの」
「ハイ! 私はバカです、申し訳ありません!」
「ということで、そうねえ、誰か適当に……」
22番さんの様子が気になって、そっちばかり見ていたのが仇になる。 教官とあたしの視線がぶつかった途端、ニッコリほほ笑んで手招きされて。
「15番♪ 前においで♪」
「っ……! は、ハイ!」
やってしまった……胸がドキドキする。 てっきりずっと22番さんが標的にされると思っていただけに、油断していた。 出る杭が打たれる学園というのに、悪目立ちしてしまうなんて、どうかしていた。 けれど後悔先に立たず、覆水盆に返らずだ。 こうなってしまったら従うしかない。
「そんじゃみんなの方を向きましょうか」
「えっ…!? あ、ハイ!」
教官があたしの肩を掴む。 まるで万力のような握力に思わず強張ってしまった。 細い外見とは裏腹に、体育担当は伊達ではない、ということか。
「これから教えてあげるのは『カンカン体操』。 持久力向上を兼ねて、長い間続けられる体操よ。 まず腕を直角に、こういう風に曲げて、指は揃えて伸ばしまあす」
まるで教官の操り人形だ。
強引にあたしを掴んだ石の様な腕が、あたしの右腕を肩袖から地面と水平に伸ばし、関節を直角に曲げて上を向け、指を5本そろえる。 例えるなら土人が酋長に敬礼するポーズだろうか。 反対の左腕は、右腕と反対側に伸ばされ、間接を曲げて下へ向けられ、同様に指を揃えて手の甲を前にむけた形で固定される。
「次は足ね。 足はあんまり拘らないんだけど、兎に角太ももを高くあげて、手に合わせて足の裏を前に見せること。 あ、そうそう、カンカン体操の間は思いっきり舌をだす。 忘れちゃダメよお」
「ぎっ……つぅっ……」
歯を喰いしばっても堪えきれなかった。 上にあげた右手側の足、つまり右足をこれでもかと引っ張られ、股関節に激痛が走る。 あたしは決して柔軟性がある方じゃない。 それを、いきなり膝と肘がつくまで引っ張るなんて有り得ない。
けれど、本当に有り得ないのは、ここからだった。
「ちょっとちょっと、手を離したからって動いちゃダメよ」
ビッシィッ。 お尻に何かが弾け、全身に振動が伝わる。 その次の瞬間、
「いっ……!? うぎゃっ!!」
針で貫かれたような、スタンガンを押しつけられたような衝撃が走る。
な、なんなのコレ? もしかして鞭?
「あら? お礼が聞こえないんだけど?」
ビッシィッ。 間違いない。 この空気を切り裂く旋律は、さっきまで22番さんの上に注いでいた短くしなる黒い鞭だ。 腰に鈍い衝撃が加わり、直後に背中全体が熱湯に包まれる。
「ひいっ、ひぃぃ!!」
頭の中は真っ白だ。 痛いとか、痛くないとか、そういう次元じゃない。 これまで何度も痛みを味わってきた中でもとびきりだ。 一瞬で思考が灼けただれ、まともな言葉がでてこない。 打たれた箇所のみならず、一面に熱湯と剣山を同時にばらまかれ、そのまま肌を抉られたとしても、こんな激痛になるかどうかだ。
「いぐっ、ぐっ、いっく……!」
息を吸うことすらままならない。
22番さんは、こんな激しい打擲を連続で受け止めていたのだろうか? 気丈な返事は、これだけの痛みを御した上での発言だったのか? 鞭を受けた場所だって、あたしは比較的ふつうの、お尻や太ももや背中を打たれただけで、こんな有様だ。 一方、彼女は胸にも頬にも股間にも容赦なく鞭を受けていた。 確かに涙は流していたが、あたしみたく鼻を啜ったりはしなかった。
呼吸を整え、平静さを取り戻さなければ。
「っく、ひくっ、ひ……」
「だから、さっさと御礼なさいって」
そんな余裕を与えてくれるわけがない。
ビシッ。 一本で身体を支えていた左足の太もも裏に3発目。
「うぁうっ」
ドサ。
到底立っていられない。 膝から崩れ落ちて振り返れば、8号教官が見下ろしていた。 いままでずっと笑顔だったのが、初めて見せる苛立った眼差しだった。
「貴方ねー、たった3発でコレ? 倒れたら見本もクソもないでしょうが」
「ひくっ、ひくっ、えっく」
『申し訳ありません』と返答すべきなのだろう。 だけど思考が飛んでしまったアタシは、ただただしゃくりあげるしかできなかった。 痛すぎて、怖すぎて、どうにもならない。 挙句の果てに、
「ふぇ、えくっ、びぇっ……うええぇぇ〜〜」
ぶたれたお尻と足を押さえ、突っ伏したまま号泣してしまった。
「うえぇ、えっく、えっく、うえっ、うえぇぇ〜〜」
一度堰をきった感情は、もう止められない、止まらない。
もはやカルビーかっぱえびせん状態なあたしに、教官が溜息をつく。