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〜花蘇芳〜
【その他 官能小説】

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〜花蘇芳〜-4

翌朝。
朝食の席に父はいなかった。

「なにもこんなにお急ぎで発たれることはないでしょうに……」

給仕をしながら、お手伝いの静さんがさかんに愚痴った。
煩わしかったので返事は適当にした。

「俺たちがいると、また昨日みたいに親父は興奮しちゃうだろ。静さんに迷惑かけても悪いから」

妻の瑞枝も心配顔で尋ねてくる。

「でも、あなた。本当に良いんですか?」

呑気な妻の様子には腹が立った。元はと言えばおまえにも原因があるんだぞ。そう言ってやりたかった。

「仕方ないだろ、俺にも仕事はあるんだ。そんなに長くは空けられないよ。これも親孝行さ。元はといえば親父の興した事業だぜ」

機嫌を損ねた私に妻はそれ以上何も言わなかった。
正直もうここにはいたくなかった。親父が全て悪い。他人の、しかも息子の嫁に色目を使うなんて。
些細な、しかし憤懣やるかたないこの気持ちは誰も理解してくれそうにない。

静さんはさらに責める口調で言った。

「では、次はいつお見えで?」

私はいい加減うんざりしていた。

「次?次なんかいつになるかわからないよ」
「情けない……旦那さまはあんなに文也坊ちゃんのことを愛しておいでなのに……」
「愛?……ハッ、親父が俺を」

私はこの何もわかっていないお手伝いをせせら笑った。父は反抗的な私よりも従順で優秀な兄を選んだはずだ。
静さんはなおもなにか言いかけたが口をつぐんだ。さすがに家族間のことにこれ以上嘴を突っ込むことをためらったのだろう。

私は別れの挨拶をしようと父の部屋に入った。
父は横になったまま申し訳なさそうに私を見ていた。

「昨日は済まんかったな……もう帰るのか」
「…………」
「年甲斐もなく昨日は張り切りすぎた。次からはもう少し慎重にせんとな」

力無く笑う父に私はいささか憐憫の情をおぼえた。
昨日のことは別に悪気があったわけではないのではないか。女っ気のない家にずっとひとりだったのだ。老いたとはいえ、男である以上あれは仕方のないことだったのかもしれない。

「ひとつ頼みがあるんだが……」
「何だよ。言ってみろよ」

私は努めてやさしく言葉をかけた。

………………………………。

「女が欲しい」

父が発したその言葉に私は凍りついた。
まさかという思いと、やはりという二つが交互に胸を去来した。

「女を抱きたい。最後にもう一回だけ……」

父はもう一度はっきりと繰り返した。

「み、瑞枝は駄目だ……」
「何を言うとる、バカモン。わしを人でなしにするつもりか」

私の早合点に父は血相を変えた。

「わ、わしだって孫は可愛いわい」

父が背を丸めて咳込みはじめた。
小刻みに身体を震わせている。
私は慌てて、小さくなった父を揺すった。

「おやじ、親父。大丈夫か」
「かっ……お、おまえが変なことを……」

発作は納まらなかった。頭さえ上げられない様子だ。
助けを呼びに行こうとした私の手を父が掴んだ。
それは老人のものとは思えないほど、力強いものだった。

「くっ……き、きのう瑞枝……さんに触れて……お、思い出した……」
「おい、しっかり……」
「……や、やらかい……あったか…………い」

父は私の手を握ったまま、離さない。
うわごとのように繰り返すその姿は、妄執に彩られていた。

「しっかりしろ。静さんを呼んでくるから……」

私は必死にその手を振り払った。
その瞬間、鬼のようだった父の目から涙が流れ出した。

「ぐふふぅ、後生じゃあ。このまま死にたくないい」
「お、親父……」
「嫌じゃあああぁ。わしは嫌じゃあ、フゥゥ……」

かつての威厳など関係なく、父はただ泣き続けた。


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