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〜花蘇芳〜
【その他 官能小説】

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〜花蘇芳〜-5

私の報告はとりあえず兄の顔色を変えさせるには成功したらしい。
兄はなにかの書類を持ったまま、しばらく固まっていた。煙草の灰がデスクに落ちた。

「親父のやつ、年は七十を超えているよな……」
「もう七十二だよ」

私としてもため息まじりにそう返すしか方法はなかった。
兄は黙り込んだ。

あの時は、ただうろたえただけだった。
だがあの場面で、子としてどう応対すればよかったのか。

「親父、いい歳なんだから考えろよ」

そう言ってきちんと諭すべきだったのか。

しかし例え冷静だったとしても、父のあの懇願をはねつけることなど私にはできなかったにちがいない。
それほど切羽詰った、抜き差しならないものを感じたから。

誰だって親のそんな姿はみたくない。
でも現実に性欲はなくならないし、その衝動からは逃げられない。
父だって子を育てる親である前に、ひとりの人間なのだ。

「兄貴、俺な……」

私が何か言おうとすると、兄は手を上げてそれを制した。
聡明な兄のことだ。私が考えることぐらいとっくに承知している。
彼が考えているのはおそらく家族の枠の外のこと。父の名や会社の体面がそれによって傷つかないか。

こうなると私が何を言っても無駄だった。決定権は彼にあるのであって、私にはない。
これまで父にずっと仕えてきたのは兄なのだし、面倒ごとも全て押し付けてきた。
私にできることは彼の決断をただ待つことだけだった。

それは思いのほか早かった。

「心当たりをあたってみるよ」
「あたるって……」

私は耳を疑った。

「本気か、兄貴?本気で実の父親に女をあてがう気なのか」

兄が困ったような顔を向けてくる。額には横じわが刻まれている。

「訳のわからん女を連れ込まれるよりマシだ。おまえだって、自分ではどうしていいかわからんから相談に来たんだろ。俺にまかせておけ」
「しかしだな……」

ここまでだった。この決定は覆らない。
ここでの彼は権力者なのだ。

「相手の身辺調査に時間がかかるかもしれん。また連絡する」

こうして “謁見” は一方的に打ち切られた。
退出しようとする私を一顧だにすることなく、兄は机の上の資料に眼を落としたままだ。
私にとっては重要なこの一件も兄にとっては数ある案件のひとつにすぎない。
私の恨めしげな視線もに兄には届かなかった。

 

それからの一週間、私は落ち着かない日々を送った。
兄からの連絡はない。

私は後悔し始めていた。
家庭内で解決すべきことを兄に報告してしまったことを。
私事といえど兄ならこういう解決の仕方をするであろうことは十分予想できた。
兄は何事も理詰めでものを考える質で、そこに情が入り込む余地などない。
この場合は父の望みどおりにさせ、スキャンダラスな話に発展しないよう監視下に置くということだろう。

私は老いた父のために生贄を捧げようとしているのだ。
顔も知らない若い女性が父の汚らわしい欲望によって嬲られるのは、やはり好ましくない。

愛人願望のある女性がいることは知っている。
彼女たちはそれによってなにがしかの代償を受け取ることになるのだろう。それを非難する気などない
しかし綺麗事を承知で言えば、自分がそれに関わりたくはなかった。それが偽わざる本心だった。

「課長、内線三番に社長室からです」

課の女性社員からの声に私は我に返った。
急いで受話器を取り上げると、思わず口を手で覆っていた。

電話口から涼やかな声が聞こえてきた。


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