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〜花蘇芳〜
【その他 官能小説】

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〜花蘇芳〜-1

珍しく兄から昼食の誘いがあったののは三月ほど前だったか。
そのころの私は社を挙げてのビッグプロジェクトを終えたばかりで、脱け殻のようだった。

就業中にわざわざのお誘いとは急を要することだろうか……。

今回私の果たした役割は重要ではあったが、この時期に論功行賞の内示でもあるまい。
勘ぐりながらも私の予感はどうしてもあるところへ行き着く。
私用だな……気が重くなった。

部下に留守を頼むと、そそくさと出かける準備を整えた。
本社ビルを出て、目の前の国道でタクシーを拾う。車は流れに乗って進み出したが、すぐに渋滞につかまった。
目的地まであと2分というところで車を降りる。横を人々が足早に通り過ぎていく。

見上げると眼前に雄大な高層ビルがそびえ立っている。
キングホテル。国内有数のVIPホテルである。

重要会議、パーティ等で訪れることはあってもプライベートで利用することはまずない。料金も他の大規模ホテルとは一線を隔す高級感なのである。
その最上階。会員制のバーで待ち合わせた。
目敏く私をみつけたマネージャーから個室に通される。
さすがに兄はここの常連なのだが、私はそうではない。ここで行われる会談は常に極秘裏に行われる重要案件ばかりだ。
相手が肉親とはいえ場違いな空気に私はいっそう緊張を強いられた。

テーブルについて15分ほどで、兄=千石隆があらわれた。
私は立ち上がって兄を迎えた。
長身に綺麗に撫でつけられた小さな頭が乗っている。いかにも遣り手の経営者然としたそのたたずまいに、私は自然に頭を垂れていた。

「待たせて悪かったな、文也」

兄は私に詫びるとコーヒーを注文した。先ほどのマネージャーがあいさつに来たが、急かすように追い返す。
どうやら急な予定が入ったらしくゆっくり飯を食う暇はないらしい。何か食べろと気を使ってくれた兄の好意を私は目で断った。
私を役職名で呼ばなかった時点で用件の見当はついていた。

「親父のことかい?兄貴」
「ああ、いよいよ駄目らしい」

千石グループの創始者でもある父は一線を退いたものの、未だに社内において隠然たる力を維持している。
現社長である長男・隆ですら、その影響力・カリスマ性においては足下にも及ばない。
バブル最盛期から比べると若干会社の規模を縮小したきらいはあるが、依然として一流企業の信用を失っていないのは間違いなく父の功績だ。
そのためにかなり危ない橋も渡っただろうし、政・財界の大物とも際どい攻防があったと聞く。
私たち兄弟にとって、父とは尊敬というよりも畏怖に近い感情を抱かせる存在であった。

その父も寄る年波には勝てず、二年ほど前から郊外にある別宅で余生を送っている。
最近は外に出ることも少なくなり、一日家に籠っているらしい。子の私たちにとってもそれは頭の痛い話であった。

「あの親父がね……」
「おまえに会いたがっている」

従順な兄とは違い若い頃は放蕩三昧で過ごした私は元来父親とは折り合いが悪い。
結婚も就職も親の望む相手ではなかった。その為か父には煙たがれている印象がある。

「最後の親孝行だと思って行ってこいよ」

もっとも興した事業にことごとく失敗し途方に暮れていたところを拾ってくれたのは目の前にいる人物だ。その兄の願いを無下に断ることなど私にできるはずもない。
仕方なく週末に父を訪ねる約束をした。


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