〜 給食 〜-2
せめて食事くらい、普通に食べられると期待していた。 一方頭の片隅で、そんな甘い観測が学園に通じないこともわかっていた。 『床の皿からスープを犬食いする』のか『パン喰い競争みたく吊られた餌を直食いする』のか、そんな感じで食べるんだろうと予想していた。
給食の正体、鍋の中身は、あたしの予想通り『スープ』で、食器は銀色のアルマイト製ボウルだ。 教官の指示で数名がボウルにスープを六分目までよそい、それぞれの机に配ってくれる。黄みがかった白色から察するに、牛乳多めのコーンスープと見た。
予想の斜め上なのは『食べ方』だった。
ボウルの隣にはスプーンもお箸もなく、あるのはストローが二本。 一本は落とした時の替えとして、ストローでスープを吸うのかと最初思ったが、そうではない。
机から『T字型のバー』がせりだしていて、あたしたちは顎をバーに載せる。 バーの位置は机の上30cmで、かなり高い。 バーにはバネが仕込んであり、強く顎を押さえつければ短くなる仕様だ。 その上で、あたしたちは両方の鼻孔にストローを挿すよう指示される。 鼻に挿したら、手は例によって後頭部にまわす。
つまり、あたしたちは顎に力をいれてバーを下げ、鼻から伸びたストローをボウルにつけ、スープを啜れというわけだ。 どんな美形も、どじょうすくい宜しく鼻に棒がつきさされば、ただの間抜け面でしかない。 まさか食事に口すら使えないとは、あたしも予想できなかった。
「お前たち専用の調味料も入れてあげましょうね。 それじゃ、22番、号令をどうぞ」
「ハイ! 淫らでみっともない我々メス一同に命の糧をいただき、感謝の気持ちしかありません!
一生懸命教官の指導を仰ぎましょう。 一同、返事!」
「「ハイ! インチツの奥で理解します!」」
鼻孔を膨らませたアホ面が一斉に口を開く。
「では私に続いて唱和してください。 え、と……」
22番がしばし沈黙する。 教官が事前に挨拶を教えるわけはなく、おそらく22番が即興で言葉を紡いでいる。 一息ついて、22番が声をはった。
「いただきオマンコ!」
「「いただきオマンコ!」」
疑いもなく、言いよどむものもなく、全員が声をあわせる。
「お残しは許しませんよ。 最後の一滴まで、お上品に召し上がれ」
そして給食がスタートした。
あたしたちには、すぐに給食が楽しいものでなく、試練の1つということがわかった。 何しろバーのバネが硬すぎるのだ。 鼻から伸びたストローをスープにつけるには、最低でもバーを5cm下げる必要がある。 だのに、首の筋肉をフル動員しても、せいぜい3cmがいいところだ。 これでは最後の一滴どころか、最初の一滴すら大層だ。
よしんば届いたとしても、吸い込むのは鼻である。 スープが鼻にはいれば息がとまって咽てしまうし、鼻の奥を通れば咳込んで吐きだしそうになる。
匂いが酷い。 教室に充満した香りは、本来食事の対極にある。
味もせつない。 なにしろ、鼻で呑んでいるのだから、味も何もあったものじゃない。
音もすごい。 ちょっと気を抜いただけで、ずぞぞぞ、ずぞぞ、品が無い洟をかむのと変わらない濁音のオンパレードだ。 するとそこに聞きつけた教官がやってくる。
「お上品でありなさい」
無茶を平然と言い放って、それぞれのボウルに、さらにスープをつぎたす。
おまけにあたしが受け止めた26番のおまるの身を、
「調味料もね」
と呟いて、これ見よがしに垂らしてくるではないか。
とどのつまり、無様な顔で鼻ストローさせるだけでは飽き足らず、首と顎の筋肉でバーを押さえ続けながら、ゆっくりむせずに鼻で吸い続けろという。
無茶苦茶だ。 でも、その無茶にしたがわなければ、あたしたちは生きていけない。
彼是5時間ちかく飲み物も食べ物も口にしていないから、何か胃に入れなければ体が持たない。例え排泄物が混じっていたとしてもだ。 加えて、残せば間違いなく特別な指導があるだろうから、ズズズーッと鼻に液体を通さなくてはならない。 例え自分の排泄物の苦さで口がいっぱいになろうとだ。 出来ないことなどありはしないと、薄々あたしにもわかってきた。
隣の机を横目で見る。 他のクラスメイトよりワンランク高い鼻が奇妙にへしゃげ、横顔はまるで『やすきぶし』だ。 整った容姿が台無しだ。 鼻から伸びたストローが、所々茶色の混じった白い液体を吸い上げる。 顎がぷるぷる震えている。 鼻からこぼれた白い液が、2筋の流れを口許へ届ける。
ずずっ、ずぞっ、ずずず。
教官に気づかれないよう気配を殺しながら、独特の香りと色彩を放つ流動食を、呼吸器官を通じて啜る給食。 それでも、生きるためにあたしは食べる。
いつかどこかで、誰かと幸せになるために。
咽る衝動と嗚咽の中で、あたしは鼻を膨らませ続けた。