病名-6
それから間もない平日に、海斗は休みをとり瀬奈を連れて街の知り合いの病院へ出向いた。知り合いと言っても当然釣り仲間である。海斗自身、病院など行った事がない完全なる健康体だ。はっきり言って病院のシステムなど分からない。海斗は顔ききだけを頼りにアポも取らずいきなり病院に行く。
そんな事など知る由もない若菜。正直病院と聞いただけで憂鬱に感じた。しかし海斗と一緒に歩いて病院に向かうと、それまで感じていた憂鬱さが消えている事に気付く。それは真剣に自分の病気と立ち向かってくれる海斗の存在が大きいのではないかと思った。もしかしたら病気に行かなくても海斗と一緒にいるだけで自分は変われるのではないかと思ったぐらいだ。それだけ瀬奈にとっては自分と真剣に向き合ってくれる存在と言うのは大きなものなのだと実感した。
「ほら、ここだ。」
目の前には瀬奈が知る病院とはもの凄くかけ離れているものであった。昔から大病院にしか行った事がない。目の前には街の診療所的なこじんまりとした病院があった。だがそれが逆に瀬奈を落ち着かせた。瀬奈はこれまで病院を前にした時に感じる威圧感がとても嫌であった。しかし目の前の小さな病院にはそれを感じないどころか安心感さえ感じる。見る世界が変われば受け取り方も違うのだな…、そう思った。
「吉村医院…。」
古ぼけた文字を読んだ瀬奈。海斗が連れてきてくれた病院というだけでも安心出来た。
「何時からの予約?」
「ん?病院って予約必要なの??」
目をパチクリして答えた海斗につられて瀬奈もパチクリさせた。
「え?だ、だって普通予約必要でしょ?」
「そうなの??俺はてっきり来ればすぐ診てくれるのかと…」
「そんな訳ないでしょ〜!?」
まさかの事態に焦る瀬奈。しかし世間知らずを見せてしまった恥ずかしさを吹き飛ばすかのように瀬奈の手を掴み院内へ歩いた。
「何とかなるって!」
「な、ならないよ絶対…!」
「いいから!」
強引に中へ入る。
「勝弘のおっちゃん居る〜!?」
開口一番海斗は大声で言った。看護婦や患者が驚いて振り返る。瀬奈は恥ずかしくなった。慌てて受付の看護婦が寄って来た。
「ご来診ですか??」
「うん。」
「ご予約は?」
「してないっす!」
堂々たる姿が逆に哀れにさえ感じる。看護婦は困惑した表情を浮かべていた。
「事前にご予約していただかないと…」
もっともだ。しかしもっともさえ分からない海斗は引かない。
「ねーちゃんには用事ないんだよ!勝弘のおっちゃん呼んでよ!」
「い、医院長はただ今検診中でございまして…」
「いーから呼んでよ。」
「そう言われましても…」
海斗の無意識の狡さは、常に少年のような屈託のない笑みを浮かべて話している所だ。常識的な看護婦の言葉に逆ギレする様子もなく、まるで友達と話しているかのような姿を見せている。看護婦も不条理極まりない海斗に対して怒るに怒れない。
「おねんーちゃん、そんな困った顔してたら、せっかくの美人が勿体ないよ??」
「は、はい??」
「勝弘のおっちゃんに変な事されてないか心配だよ。こんなに可愛いと患者さんからもモテモテでしょ?」
「や、やだ〜、そんな事ないですよ〜。」
まんざらでもないような表情で照れ笑いする看護婦。正直中の中ぐらい…、大して可愛いとも思ってはいない海斗の口車に乗ってしまいすっかり海斗のペースに巻き込まれてしまう看護婦を不思議そうな目で瀬奈は見ていた。
「やかましいと思ったら海斗くんか〜!」
騒ぎを聞きつけて往診室から出てきた医院長、吉村勝弘。海斗はニコニコしながら手を振る。
「おっ!おっちゃん!やっぱ暇なんじゃん!」
「バ、バカ!暇じゃねーよ!」
「そう?いや、ちょっとお願いがあるんだけどさー!」
「い、今は無理だよ。見りゃ分かるだろ!?」
待合室にはまだ患者がいる。海斗は患者達を見ると一転聞き分けが良くなる。
「じゃあ終わったら話を聞いてくれよ。皆様を差し置いて我が儘言う訳にはいかないからな!」
「ああ、そうしてくれれば助かるよ。ちょっと待っててくれよな。」
「は〜い。」
海斗は瀬奈と一緒に待合室の椅子に座る。そして誰にも聞こえないような小さな声で瀬奈の耳元で呟いた。
「みんな放って置いたら死んじまいそうなジーサンバーサンだからな。待たせて死なれたらたまんねーしな。フフフ」
「!?シーッ!!」
とんでもない言葉に瀬奈は焦る。
(こ、この人は何て事言うのよ!?)
神経を疑いながら海斗を見ると、既に隣のオジーサンと何やら仲良く話していた。その輪にオバーチャンが加わり仲良く話している。瀬奈は呆れながらも笑ってしまった。
(不思議な人…!)
そう言う不思議な人柄に瀬奈はまた少し惹かれてしまうのであった。