鬼畜の愛-9
「あたしの心にまったくわだかまりがなかったかと言えば、そうではなかったでしょうね……」
残滓のような、こびりついた、粘っこい葛藤はあった。何より、陰に母の存在があったことが長くシコリではあった。
いつか、宮部の家に居る時に怒鳴り込んで来たことがあった。あの後……
(宮部とどんなやり取りがあったのか、いつから、どちらから……。そして、お金の話を持ちかけたのは……)
いろいろ想いは巡ったが、深刻にならなかったのは好きな人と一緒に暮らすという事実に尽きる。
「16になって、あたしたちは結婚しました。式も挙げず、入籍しただけでしたが、これからずっと宮部と暮らすのだと思うとそれだけで他のことはどうでもよくなりました。母を含め3人で食事をしたのを憶えています。日本料理でたくさんの料理が並びましたがあたしの口には合いませんでしたね。母のいやらしい表情が今でも思い出されます」
「宮部さん、娘をよろしくお願いします」
正座して両手をついて母が深く頭を下げた。
「改まった挨拶はいいでしょう。いまさらですから」
「ええ、ええ。16ですよ。若いですよ。これからも、お願いしますよ」
上目使いでうっすら笑った母の目に無表情の宮部がかすかに頷いた。
「きっとお金のことを念を押したのだと思います。母はそれから16年後肺がんで亡くなりましたが、それまで送金は毎月続いていましたね……ずっと遊んでいたようです……」
『夫婦』として臨んだ初めての夜。女なら誰しも抱く愛の契り。その瞬間への期待と甘美な世界に漂うであろう妖しいひととき。……だが凄まじいまでの漲りを見せた宮部の肉棒は蜜液溢れる陰裂を割ることはなかった。
「彼の愛撫は、それは熱烈なもので、言葉では言い表すことはできません。舌が這い回った後にも感触が残っていて、しまいには全身に蛭が張り付いて蠢いている錯覚に陥ったほどです」
「やめて!もうだめ!おねがい!」
何度叫んだことか。
宮部の荒い息が聴こえる。彼も昂奮している。それでも続いていく愛撫。肌を這う。その執拗さはもはや責苦だった。
意識が混濁して体も麻痺したように動かなくなった時、
「咥えるんだ」
宮部が顔に跨ってきてペニスが口に押しつけられた。含んだと同時に射精が起こった。「生温かい液が口中に溜まっていった。
「こぼさないようにしなさい」
むっと噎せかかるのを堪えて飲み込んでいった。
「男性って、どうなのでしょう。あたしにはよくわかりませんが、本能的にも結合を求めるものではないんでしょうか」
それからも性愛の形は変わらなかったが、やさしさはより深く、やわらかく、春の日差しのように注がれた。
「そのやさしさが時折起こるあたしの疑念や不安をを被ってしまっていたように思います。疑念というのは、愛、です。宮部のあたしに対する愛です」
本当に愛してくれているのか?……たしかにやさしくて、性の悦びを教えてくれた。だがその悦びも繰り返されていくうちにいつからか広がりが限られているように思えてきた。むしろ狭まって感じられることもあった。達する時もその波の大きさがあらかじめ予測できるようになってきたのである。それは……。
「一つなっていないこと。その根本が抜けているからだと思うようになりました。20歳を過ぎた頃のことです。中学生から宮部に開発された肉体はとっくに熟していました」
濃厚な女汁は絶えず裂け目に満ち、肌は吸いつくほどの潤いに滲んでいた。腰周りも脂滴る女肉に被われて、その蠢きは男根を挟んで締め上げるために成熟したようなものだった。
なのに、蜜は溢れ出るばかりで内肉をえぐる『彼』は入ってこない。
「赤ちゃんがほしいと宮部に言ったことがあります。それは、一つになりたいと言えず、考えた末の言葉でした。その時の彼の目は忘れられません。光ったんです。灯りの反射ではなく、目の奥の方が異様に輝いたんです。宮部はやさしく笑って頷き、そうだね、いずれそうしようね、いつか。そう言ってあたしを強く抱きしめました」
ずっと脳裏に絡んでいた『疑念』が解けたのはずいぶん経ってからのことだ。薄れては繰り返し現われ,
消えかかっていたシコリ……。
(挿入への欲望はないのだろうか?……)
「結婚前から宮部は仕事だと言って度々家を留守にしていましたが、結婚してからもそれは変わらず、一週間から十日、帰って来ないんです。その間、連絡は一切ありません。仕事って何だろう?宮部は親の遺産や資産で暮らしているはず。どんな仕事をしているのか。1度訊いたことがあったけど、資産運用のことだとか言われて、よくわかりませんでした」
何か感じるものがあって、留守中、彼のパソコンを開いて見つけたのはある温泉地の宿の予約履歴だった。
「そこは、どうも特殊な宿のようでした。女性の接待を受けるための、それだけが目的の……。そこで『正常な行為』に耽っていたんでしょうね。帰ってくると、2,3日は疲れたと言ってあたしに触れなかった理由がわかりました。ありったけの精気を出し尽していたのだと思いました」
その情欲があるのなら、なぜ自分に向けられないのか。想いがそこに行き着き、体の昂ぶりと複雑に交錯して感情が激しく乱れるようになった。
「嫉妬もあったと思います。宿のことは口に出せず、その抑圧した気持ちがさらに感情を高めて、あたしはよく物を壊すようになりました。お皿やコップを玄関や床に叩きつけたり庭の木の枝を折ったり、初めは彼のいないところでしていたのですが、そのうち見ている前で壁に投げつけたりもしました。宮部は動じませんでした。怒りもせず、黙って見守っていて、あたしが気が抜けて座り込むと後ろから抱き締めて頬をすり寄せてきました」
悲しかった。そんな夜、宮部の愛撫はことさら執拗で、拒むことのできない自分の肉欲が哀しかった。