〈忌諱すべき覚醒〉-2
『恭子、具合はどうだ?』
『ママ……大丈夫?』
二人の気遣いは無意味である。
恭子の苦しみは肉体にではなく、心にのみ存在するのだから。
「まだ……ちょっと……」
耕二は枕元に置いたお椀が空になっているのを見て、少しだけ安堵の表情を浮かべると、作りたての温かいお粥を置いて彩矢の手を取った。
『もう時間だから行くけど、もし辛くなったら電話掛けてもいいよ?俺、有給休暇余ってるしさ……』
「……うん…ありがとう……」
耕二は優しさだけを残し、部屋から消えた。
恭子は昨日のように、また男達が合鍵を使って部屋に侵入してくるかも知れないと、冷や汗を掻いて踞っていた。
「……来ないで……お願い……」
まるで念仏のように唱え、今日こそは無事に過ぎ去る事を祈る……祈る……祈る……。
「………………」
階段から不審な音は聴こえてはこないし、携帯電話も沈黙を続ける……時刻は昼を回り、そして夕方へと進む……。
『ママ、ただいま』
『身体はどうだ?まだ具合は悪いのか?』
何事も無く、今日という日は終わりそうだ……恭子は布団を撥ね除けて起き上がると、そのまま耕二に抱き着いた。
『ど……どうしたんだ?』
「う…嬉しくて…ッ…や…優しくされて……ヒック…嬉しくて…ッ…ヒック……」
情緒が不安定になってしまっていた恭子は、あまりにも長過ぎる一日を無事に乗り切れた安堵から、無意識の内に耕二に抱き着き、そして泣き出した。
平穏な一日がこんなにも嬉しいものなのかと、恭子は今更のように思った。
明日はどんな日になるのかは分からない。
それでも、恭子は今の感情を抑える事が出来ず、愛しい夫をきつく抱き締めた。