1. Someone to Watch over Me-3
だいたい、ゴンドーなんて強そうな苗字がいけないんだ。
よくそう毒づく。学生の頃から背も高く、腕を組んでひと睨みでもすれば皆がひれ伏すほどのルックスは、歳を重ねるに連れてフェミニンなスタイルをしたくても鏡を見た自分でもまるで受け入れられないと思えるほど、艶然と見る者を拝跪させようとするオーラが備わっていた。名乗る時の権藤という音韻がそれに拍車をかけていることは間違いなく、悦子の姓への恨みはあながち言いがかりではない。
「カッコよくていいじゃん。『鬼のゴンドー』とか似合いそー」
笑いながら美穂が言った。結婚して桜沢などという雅やかな苗字を頂いた美穂に言われると余計に腹が立つ。
「……てかさー、山本?、だっけ?、美穂んとこのその若い子。ちんちくりんで、ぱつんぱつんの……」
美穂の部署は女性が数人しかいないから、その子に会って直接話したことはないが、だいたいどの子か想像がついた。イライラが溜まっているから、形容が棘々しくなる。
「ちょ、ウチの同僚を変なふうに言うな。……当たってるけど」
「本当に私みたいになりたいか?、って聞いとけよ。……外はどっぷり暗くなって、自分の席の上の電気だけ灯けて、栄養ドリンクぐびってやりながら電卓叩いてる姿、一回見に来いって」
「……足むくんで、パンプス脱いでふくらはぎさすりながら、でしょ?」
と美穂が苦笑した。「他の係長とかも、みんな遅いよね。ウチの課長とかも結構残業してるもん」
「まー、〆日近くはねー……。こないだ、あんたんとこの課長に、ご苦労さん、お互い大変だな、がんばろう、ってカップラーメンもらっちゃったよ」
「悦子なら喰うって、中島課長に思われてんだね……」
憐れみの顔で美穂に見られながら、しょーがないじゃん腹もへるわ、と思いながらすぐさま湯を注いで食べたことは言わなかった。
「連日終電が一週間続いてみ? 次の日、ファンデびっくりするくらい乗らないよ?」
「……セメント施工みたいな?」
美穂が自分のツッコミに自分で笑うと、
「あーっ……もうっ!」
悦子が音を立ててテーブルに突っ伏したところで、追加のセンマイを持ってきた若い店員がびくっとなった。「このままだと、私、終わっちゃう! オンナとして腐ってく!」
美穂が店員に、すみません気にしないで、と困った笑顔で拝みつつ、
「まーま。あんたはウチの会社の女子社員のトップなんだからさ、早くもっと偉くなって女の地位向上させてよ。私も辞めずに頑張ってるからさ」
と言った。女性社員の登用が少ないため、結婚を理由に離職する例が多い会社だった。結婚後も同様に働いているのは美穂くらいしかいない。「私が結婚後も働く女の前例作ってやるから。お互いがんばりましょー」
美穂の言葉に、悦子はしかめっ面を上げ、
「……私も、美穂と同じ役目のほうがいい。てか何で勝手にそんな分担になってんの?」
と恨んだ。
「しょーがないじゃん。あんた男と長続きしないんだもん」
「男がデキないわけじゃない」
「知ってます。……飲む?」
美穂はヒョウタンを模した柄杓でマッコリを湯のみにすくって悦子の前に置いた。
「マッコリって……、男の出すアレに見える」
湯のみの白濁をまじまじと見つめながら悦子がつぶやくと、自分の湯のみに口をつけていた美穂がぶっとふき出して、網の下の炭にかかったしぶきが煙を立てた。
「ちょっ! ……下品なこと言ってんじゃないよ!」
「しょーがないじゃん。私、チーフになってから一度も見てない」
と言って、悦子はマッコリを啜った。「……あっま。飲んだこと無いから本物の味はしらないけど」
「本物とか偽物とかわけわかんないこと言ってないで……、そーやって下ネタ言いながら常に眉間にシワ寄せてたら痕できるよ? パンツ見えそうになってんじゃん」
掘りごたつ式の席の上で、タイトスカートのスリットをいっぱいに使いストッキングに包まれた長い片脚を立て、テーブルに肘を付きながら湯のみに口を付けている自堕落な悦子に向かって美穂は眉根を寄せた。
「おー、こんなパンツ見てくれる男、どっかにいないかなぁ。一応、毎日履き替えてるからさー……」
「これじゃ、男も寄りつかんわ」
焼けた肉を悦子と自分の小皿により分けながら、失笑まじりに美穂が呆れる。
「寄ってくるよ。声かけられるもん、営業先で」
「じゃー、そっから選べ」
「……あんた、知ってて言ってるでしょ?」
近寄りがたいオーラを醸す悦子だが、営業先や得意先との懇親会で声を掛けてくる男もいる。ちゃんと、恋愛の対象としてだ。「食いついてくんのはタイプじゃないのばっかり」
「理想が高いんだよ」
「高くねーよ!」
悦子は先程の美穂と同じくらいニンニクを肉の上に乗せると、噛みちぎることなく一呑みで口の中に入れた。「もはや普通の男でいいんだよ! この歳になったら!」