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エスが続く
【OL/お姉さん 官能小説】

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1. Someone to Watch over Me-2

 恙無くリニューアルオープンを迎え、顧客の業績も上々に推移している。もちろんこのプロジェクトの成功は悦子一人の力ではなかったが、その影響力は十分に認められ、折しも企業として女性の登用についての声が社外からも強まったことも相まって、異例の昇格候補として上がり、そして合格を果たした。
 女性初のチーフ。期初には他社では何でもないことが、この会社ではかなりの話題になった。賛否両論だった。一度でも悦子と仕事をしたことがある者は、その頼りがいにチーフの肩書を非難する者はなく、また社内の女子社員からは憧れの的として奉られた。一方、コンサルティング事業は会社の業績の中でも人数比以上の幅を占めており、古くからの施工関連部署に携わっている側は面白くなく、オンナなんかに務まるのか、と声に出してすら言った。もともと施工業に対して利益率がいいということもあるが、それだけニーズがあるということだ。悦子はそんな連中相手に口答えしても仕方がないから、仕事で見返してやろうと思っている。
 しかし、ずっと人材不足が続いている部署だから、悦子にかかる業務負荷は半端ではなかった。昨年度までは頭角を表してはいてもいちメンバーだったからチームの業績ノルマは基本的にない。だが今年からは照明担当チームの長として最終判断を委ねられるし、結果としての業績数字についても責任を負う。昨年まで兼務で照明担当チームを見ていた或る係長は、大変だけど頑張って、と言った。まあ、すぐに人が増えるわけではないし、頑張れば何とかなるでしょ、と思っていたが甘かったと云わざるを得ない。カレントの営業業務をこなしながら、長職としての業務もこなさなければならない。客先営業で丸一日使った後、会社に戻って業者の伝票を処理したり、部門業務日報を上げたりと、計算に追われる毎日。半年以上経ってもまだ慣れない。かつ、数年一緒に照明担当をやっている、たった二人の部下が、今年度新たに受注した大型の案件が少々トラブルを抱えており、片足――どころか小指以外全部持っていかれている。一方で既存顧客のサポートや小口受注は必ずあるから、しかたなく悦子がこれを巻きとっている状態だった。
「……たぶん、私もうすぐ死ぬ」
「そんなこと言うな。スタミナつけるためにセンマイ食いにきたんでしょーが」
「足らない。もうひと皿頼みたい」
 センマイを平らげた悦子は、「すみませーん! センマイ刺もひとつー!」と個室の扉を少し開けて店員に叫んだ。
「……憧れの悦子先輩が、大声出してセンマイもりもり食ってる姿、後輩に見せられんわ」
「勝手に憧れられても困る」
「ウチの山本はもう、悦子のこと教祖かなんかと思ってるよ。『権藤チーフみたいになりたいですぅっ』、って」
「あーっ、その名前で呼ぶなっ」
 悦子は髪に指を埋めて頭を掻いた。
 いつの間にか社内のイメージは、「鉄のオンナ」というイメージが定着していた。そんなつもりで職務にあたってきた覚えはない。むしろスーツやビジネスカジュアルの衣装にも、化粧やヘアスタイルにも女らしさに気をつかっている。男に負けないために女を捨てているつもりは毛頭ない。
 実家は工務店をやっている。一つ上の兄が家業を継ぐつもりで父親のもとで働き、結婚して既に二人の男の子、つまり親にとっては孫をもうけており、職人気質で頑固だったあの父親の顔を、娘の目から見たら驚愕するほど綻ばせさせている。小さい頃から工務店の社員、つまり大工や左官連中と接していたから男に囲まれて育った。育てるほうも育てるほうで、両親は兄と区別なく悦子を扱った。兄と同じ力で拳で殴られたことだってある。テレビドラマならそんな父親に育てられている子供たちを慈愛で包む優しい母親が見守るはずだが、父以上にあっけらかんとした母は父親に殴られて部屋の隅まで転がっていく兄妹を隣で何の驚きもなく見たあと、じゃゴハン食べな、と食卓に導くような人だ。初潮の報告をした悦子に向かって、
「ああ、そうなんだ。ウチは男家系だから悦子は何かの間違いだと思ってたけど、あんたもちゃんと女の子だったんだねぇ」
 じゃ、ナプキン買っといで、と普通の女の子ならば思い切り傷つくようなことを平気で言った。だが、たまに実家に帰って、孫を前に顔をトロけさせている父母を見て苦笑しながら、「これだけ暴力オヤジに殴られてグレなかったのは、やっぱウチの親は筋が通っていたからだぜ。今一緒に働いてみてよく分かるよ」、と兄がしみじみ言うのに、悦子も社会人になった自分を顧みて、深く頷かざるを得なかった。
(でも……、兄ちゃんはいいけどさ。おかげで私はこんなオンナになっちまったんだけど)
 職人たちに囲まれてほぼ男として育てられたのだから、やたら気っ風が良く、学生時代からずっと人に頼りにされていた。母親が歳を重ねても艶かしさがある美人で、悦子もその血を色濃く受け継いでいたが、その見目の良さよりも判断力の高さや頼りがいのほうが印象が強すぎて、好きだの愛しているだのの文脈で人から慕われたことがない。別に私だって女の子らしく恋とかしたいんだけど、と心の中で思っていても、周りがそれを言っていい雰囲気にはしてくれなかった。


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