1. Someone to Watch over Me-10
やがて平松がぽつりぽつりと話し始める。部長と悦子で相槌や感想を述べて徐々に聞き出していく。
入社してすぐの全新入社員が受ける集合教育であまり同期と馴染むことができなかった。グループ分けされたメンバーの中に気が合う者がいなかったし、もともと人付き合いが得意な方ではない。最初に同期で飲みに行こう、となった日にちょうど用事があって行けなかったから、それが終わると少し浮くようになって、昼食や終業後に誘われなくなった。それでも一ヶ月のことだから、仮配属されてからの現場で人間関係を築こうとしたが、配属された相模原の部署は完全に体育会系で苦手なノリだった。あまり教育担当は教えてくれず、だが見よう見真似で仕事をして何か失敗すると物凄くドヤされた。食堂で近くに自分がいるのに、ウチに入った新人は本当に使えない、などと言われ、しかも隣の部署に配属された同期が完全にそのノリに馴染んで、先輩にも気に入られてみるみる成長していったから、だんだん自分に自信がなくなってしまった。相模原の五年の間に、大した仕事もさせてもらえず、七回もチーム異動をさせられた。新しいチームで何とか頑張ろうとするのだが、やはり馴染めず、次第に浮くようになって最後は別のチームへ行けと言われる。ふと気づいたら、五年の間に何のスキルも身に付いておらず、その後入ってきた後輩たちに追い抜かれているのは自分でも分かった。そこへ通達メールで、コンサルタント事業の方で人材公募をしていると聞いたから、思い切ってセンター長に申請を上げたら、出してから何の対面説明もなく、次月から今の部署に来いと突然言われた。きっとセンター長以下、相模原全員が自分は要らないと思っている。
(……よく辞めなかったなぁ)
悦子は長々と続いた平松の話を聞きながら憤った。平松に対してではない、相模原センターの連中に対してだ。もともと相模原センターの施工担当者と悦子はウマが合わない。悦子のことを女だからという理由でバカにしたような態度を取るからだ。そんなんだからアイツら揃いも揃って大したことできないんだよ、と普段から毛嫌いしている連中を更に軽蔑した。
自信がなかったのか、そりゃそうなるわな。悦子は平松が常に自発的に何かをしようとしない理由に納得した。だがすぐに、待てよ、と、初日の平松の態度が思い出された。部長に紹介をしてもらっているときの、あの不服そうな態度だ。
「……でもさ」平松の口数が随分増えてきたから、少しざっくばらんに聞いても大丈夫だろうと、「初日、ウチの部署に来た時も、ちょっとイヤそうだったじゃん」
「あ、いえ……、それは……」
テーブルの上の枝豆の殻を見ながら話していた平松がチラリと悦子の方を見た。
「……ん? ゴンちゃんが前にいたから?」
少し深刻な話が長引いたので、部長が笑いながら茶化す。
「はぁ? 何で私が居たらイヤがるんですか?」
「ほら、そのリアクション。ゴンちゃんが怖かったんだよなぁ? 朝からテンション思いっきり低いし」
前の日に美穂と飲んだから宿酔いだった、とは言えず、
「怖くないっ」
と部長を睨んで見せた。
「あ、はい。……そういうのではないです」
平松は悦子の噛み付きように少し慌てて否定する。
「ほう、じゃ、ゴンちゃんがキレイすぎて見とれた?」
「見とれてたら、そんなイヤそうなわけないじゃないですか」
部長の目を見ていれば、ある程度失礼な物言いになっても大丈夫だと分かる。合間に一瞥した平松は照れを隠そうとした表情に見えて、あれ本当に見とれてた?、ちょっと可愛らしいところあるじゃん、と思った矢先、
「……いえ、新しい上司がまさか権藤チーフだとは思ってなかったので」
と言った。
……あ?
「ちょっ! 何で私が上司だとイヤなのよっ!」
少しでも可愛いと思ったのが腹立たしくて、思わずキツい言い方になってしまった。なんだ、相模原の連中と馴染めなかったって言ってるコイツも結局は女だからってバカにしてんのか、女の私の下に付くのがイヤだったのか?
「あ、すみません、そういう意味ではなく」
「どういう意味よっ」
「……まあまあ、ゴンちゃん」
悦子が憤っている理由が分かっている部長が宥めながら、「そういう意味じゃないなら、どういう意味?」
「ええと……、噂の権藤チーフの下に付くなんて思ってもみなかったので……」
噂? さては相模原の連中、私こと悪く言ってやがるな。「……チーフに昇格されるってことは、エースとして仕事がとてもデキるって聞いてましたから……、その、そんなスゴい人の下だったら、また失敗ばかりして迷惑ばかりかけてしまうんだろうな、と……」
一旦怒らせてから、そんなこと言う?
悦子は頬が少し熱くなって、口元がニヤけてしまうのを隠しきれず、部長に苦笑いをされた。部長の顔を見ていられず、
「ちょっと……、ゴメン。トイレ」
と、少し俯き加減に顔を隠してトイレへと立った。