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エスが続く
【OL/お姉さん 官能小説】

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1. Someone to Watch over Me-9

「言っただろ、初日に。……コミュニケーション」
「あ、はい……。言ってくださいました」
「人間どうしだからね、お互いのことが分からないと、ヤル気が出ない理由なんてわかんないよ」
 でもなぁ、あの男とコミュニケーションなんてうまく取る自信ないよ。
 これまで移動の電車の中など、コミュニケーションを取るチャンスは何回もあったし、悦子も手を差し伸べたつもりだった。だが平松はあまり会話が得意でも好きでもなく、直ぐに話が終わってしまう。
 それを正直に話すと部長がまた笑って、
「必殺技がある」
 と言った。
「ひっさつ?」
「ノミニケーション」
 言い方ふっる! 悦子は思わずふき出してしまった。「……バカにしたもんじゃないよ? いっとき、飲み会じゃなきゃコミュニケーションを取れない職場がそもそもダメだ、なんて風潮があったけど、また変わってきた気がする。いつかテレビで見たんだけど、外国なんかじゃ、たとえ日本みたいな宴会がなくっても、上司が部下をホームパーティに呼んだり、ランチを一緒に食ったりするわけだ。ノミニケーションなんて閉鎖的だって言われてたのも見直されてると思う。要は、インフォーマルコミュニケーションが取れればいいんだ」
「ええ、確かにそういうのはあるかもしれません」
 酒を飲めない人を無理矢理誘ってはいけないが、仕事仲間で酒を嗜む者どうし、適度に腹を割って話すことは悪いことではないと悦子も考えている。
「じゃ、善は急げ」
「は?」
「今日は金曜日だろ? 僕が平松君を誘ってやるから、彼の話を聞いてやろうよ」




 偉い人に飲みに誘われても断る子かもしれない、と思っていたが、見事に部長は平松を飲みに誘い出した。部長に連れられて入ったのは誰が唄っているかもわからないド演歌が流れている昔ながらの居酒屋だった。部長と同年代と思しきサラリーマンが一人でやって来てちびちびと酒を啜っていたり、リタイア近い者どうし酩酊してガハハと笑い合っている。若者は一人も居ない。洒落た店なわけはないとは思っていたが、イメージにぴったりすぎて笑ってしまった。
 三人で席につくと、飲める?、と平松に聞いてから、頷いたのを確認すると、まずはビール、と言って部長はおしぼりで顔を拭いた。悦子はいつもその光景を見ると顔をしかめるよりも、男はいいよなぁ、と思ってしまう。一日の疲れを家に帰る前に拭ってみたくて羨ましい。ジョッキがやって来て、乾杯をした。喉を通したビールに部長は至福の声を漏らしながら、久しぶりに飲むよ、と言った。何でも、今年大学受験を控えた娘のために小遣いが緊縮されているらしい。娘にはマトモに喋ってもらえないのに理不尽だよな、と苦笑いした。しばらく部長の家庭での愚痴に塗れた話題が続く。悦子は会社では部門の長に頂かれている部長の家庭での軽んじられぶりに、笑うのは失礼とは分かっていても笑った。ふと平松を見ると、悦子や部長と同じペースで飲みながら、次第々々に部長の話に引き込まれて、時々肩が跳ねていた。笑っているのだ。
 その様子を見て、部長だって家庭の恥を晒したいわけではないのだろう、しかし打ち解けるにはある程度、畏まった立場での自分を崩してさらけ出さなければならないんだ、と悦子は認識を新たにした。酒の力はそれには打ってつけだ。そんなことは分かっていたつもりだったが、悦子には平松を酒席誘う発想なんてなかったことを情けなく思う。そして、最近はもっぱら自分が愚痴を言いたいから美穂を酒に誘ってばかりいたことにも気づいて、美穂にも今度謝んなきゃなと思った。
 部長の娘がどんな仕事に就きたくて大学に行くのかという話題から、俺が就職するときなんかなぁ、と自分の経験を引き合いに出し、やがてゴンちゃんはどうだったの?、と問うてくる。悦子は実家が工務店だし、大学も建築デザイン科だったから、今の会社を選んだ、と言った。そして、流れで平松にも問う。なるほど、うまいな、と思いながら、悦子も平松のほうを向いた。平松がぼつぼつと入社時の経緯を話し始める。大学は電子工学であまり建築に縁のない専門を取っていたが、もともと地図や建築途中の建物を見るのが好きだったから、内定をもらった時点でこの会社に決めたと言った。
「ふうん、入ってどうだった? 俺は思ってたのと違うなぁ、と思ったよ」
 部長は平松の話を聞いて、問いかけつつも、彼が本心を言いやすい文言を加えた。悦子も大学の時に専門としていたデザインよりもむしろ顧客との折衝ごとが多い仕事だったから、入社前と入社後で仕事に対するイメージにギャップを感じたのは確かだった。
「はい……、ちょっと違いました」
「へぇ。でも相模原のセンターだったら結構建設現場とかにも行くだろ?」
「ええ……」
 とはいえ平松はいきなり全てを吐露するわけにはいかず言い淀んだ。部長は悦子の目をチラリと見た。
「……まあいいじゃん。別に前の職場がどうだったかなんてここで言っても、私も部長も誰にも何も言わないよ」
 悦子はジョッキを傾けながら、さも大したことではない感じを前面に出して言った。


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