その3:お舅さんのキケンな提案-1
とはいえ、誠を救う方法など順子にあるはずがない。そもそも、ダンナサマの仕事の内容すら、短大で栄養士の資格を取っただけの順子には理解不能なのだ。だがおぼろげながらに、財界人の大物が裏勢力とつるんで悪事を働いている、そしてその不正を許すまじと立ち上がるも窮地に立たされた愛するダンナサマという図式だけは把握していた。ネットでもミズナミホールディングスの情報をあれこれ調べると、頭取の柳生市之助の周囲には、きな臭い話が満載だ。内部告発を試みた行員が東京湾に浮かんだという噂など、すべて彼が絡んでいるという情報がまことしやかに踊ってる。
「つまり、この頭取をやっつけちゃえばいいのよね」
勧善懲悪の精神しか持ち合わせていない順子は、実に単純明快だ。
「と、言ってもねぇ〜〜 テレビの中みたいに悪い人をやっつけられれば良いんだけど…」
ため息交じりに、オーブンで焼いたクッキーをさらに移すと、義父を呼んだ。
「お義父さぁ〜ん、お茶にしません?」
順子の手作りおやつを何より好む、舅の毅はルンルンで現れたが、キッチンの椅子にちょこんと座って、しょんぼりする息子の嫁を前に、キリリと表情を引き締めた。
「どうしたね、順子ちゃん?」
「あ、いえ、別に…」
(お義父さんに相談しても解決にはならないだろうしなぁ〜〜)
警察官だッとはいえ、終生巡査どまりで、晩年は運転免許センターに配属されていた彼に巨悪に対峙し、誠の窮地を救う力があろうはずもない。
「うん? さては初夫婦喧嘩かね?」
「違います」
「夜のアレが不満とか?」
「ち、違いますって!」
「誠の持久力が問題かね? 我が息子のムスコながら不甲斐無いのぉ」
「い、いいえ!!」
「ならば太さ、あるいは長さ、はたまた硬さの問題か?」
なおも食い下がる舅のセクハラ攻撃に、順子は初々しく赤面し、俯いてしまう。そんな愛くるしい仕草に満足した様に、チョイエロ爺さんは若い嫁の肩にポンと手を置く。
「ふふふ、順子ちゃん ワシだって伊達に六十ウン年生きてはおらんよ、お前さんの悩みはとうに把握しておる 誠の置かれている立場の辛さは十二分に知っていたさ 頭取にたてついた今では、強制的に銀行を追われるか、東京湾に浮かぶか 二つに一つじゃろう」
(そこまで知っているなら、早く言ってよね もう、お義父さんたらエッチなんだから!)
そんな本音をひた隠し、ダンナサマを案じる新妻の貌で舅にすがる順子。
「でも、私どうしたらいいのか… 誠さんには生きがいを持って今のお仕事を続けて欲しいけど、私には助けてあげることもできない なんの力もないんですもの…」
瞳に涙を浮かべる順子。
「いやぁ、そんな事は無いよ、順子ちゃん お前さんには愛の力がある」
一途キャラの順子でさえも白けてしまうような台詞を吐いた舅の目がきらりと光る。
「あんたの誠への愛と、ワシの長年警察官として鍛えた調査能力 その2つがあれば柳生頭取の弱みを握ることも可能だ、そうは思わんかね?」
「は、はぁ…」
「わしを侮ってはいかんぞ、順子ちゃん 交通安全課勤務時代はスピード違反、飲酒、無免許何一つ見逃したことのない鬼門番、間嶋とはワシの事だ」
「それは昔から何度もお聞きしてますけどぉ〜〜…」
困惑顔の順子は、舅が何を企んでいるかわからなかったが、嬉々とした表情で一枚のチラシを見せられ、驚愕する。パソコン打ちらしいカラフルなA4の再生紙にはこう文字が躍っていた。
【平成の名探偵明智小五郎現る!! 怪紳士、間嶋毅が可愛い嫁、順子と現代の闇に切り込みます!!】
「そう、あんたと組んで一儲けしたくなってな! その手始めに誠を陥れた連中に天誅をくらわしてやるんじゃよ」
順子は開いた口が塞がらないが、舅はやる気満々だ。