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指嗾
【元彼 官能小説】

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指嗾-9

 ジョゼの顔が近づいてくる。
(いいニオイ……)
 瞳を閉じると唇に心地よい柔らかみが触れた。彼氏のやたらヌメヌメしていたのとは雲泥の差の、適度にしっとりとして表面どうしが軽くくっ付いてから離れる感触に唇から思わぬ快楽が巻き起こってきた。ジョゼの顔がまだ近くにあるから何とか抑えようとしたが、鼻から震えた嘆息が漏れた。それに気づいたのだろう、ジョゼはニッコリと笑うと、背凭れを起こし、冗談めかしてお姫様を恭しく導くように長身を折った会釈で、手を伸ばしスタイリングチェアへ戻るように促した。ジョゼの方を向けずに恥ずかしさを隠しながら座ったが、濡れたタオルを取り、改めて新しいタオルで挟むように毛先の湿気を拭われると、うなじに触れる布地の感触に背中がゾクリとなる。そんな様もジョゼは柔和な笑みで見下ろしている。キスして以降、言葉はない。
「……お姉ちゃんにバラしたらどうする?」
 当たり前だがヘアサロンで何度も髪を切られたことがあるから、美容師に触れられることに特別な意識をしてしまうことはなかった筈だ。だがジョゼにキスをされて、その後も頭と髪を優しく扱われていると、抑えられない甘い爽快感と、そんな状態になっているのを見通されているかのような視線を浴びる羞恥に、輝子は何とか場も心も取り繕おうとそんなことを言ってしまった。
「そんなことされたら、俺も輝子ちゃんも愛里菜に怒られるね」
 ジョゼは苦笑しながらイオンドライヤーを取り出して弱風を当て始めた。毛先がフワリとするように、風元を揺らし当てられるから、そよぐ感触が余計に輝子の鼓動を高鳴らせる。
「じゃ、言わない。お姉ちゃんに怒られるとウザい」そう言って肩を揺らして一息ついた輝子は、「……カレシのと全然違った……」
「俺のほうが上手かった?」
「うん……」
「……よかったよ。高1に負けたらどうしようかと思った」
 輝子は自分を半周しながらドライヤーを当てつつ指先で毛先をほぐしていくジョゼを鏡越しに見上げた。
「やっぱり、わたし、カレシのこと好きじゃないんだね」
「さぁ……、どうだろ」
「……でも、カレシも、……きっと、わたしのこと好きじゃないんだ。本当は」
 髪を見ながら話していたジョゼは輝子の言葉に鏡を見て目を合わせた。
「そうかな? いつもしたがるんだろ?」
 ジョゼと目が合った輝子は、姉の恋人にこんなことあからさまに言うのは女としてどうなんだろう、と思いつつも、今しがたキスされたばかりの気の緩みと甘い疼きを前に言葉を留めることができず、目を逸らして鏡の中の自分と見つめ合いながら続けた。
「きっと、カレシはお姉ちゃんの妹だからしたがってるんだよ。私とキスしたり……、……エッチしたがるのも、お姉ちゃんとヤッてる気分になれるから」
 あ、やばい。自分をじっと見ながら鼻を啜ったら瞼から雫が落ちた。ジョゼはヘアワックスを手に取って輝子の髪に馴染ませ始めた。指先で毛先を捻じりまとめたあと、揺らして空気を入れることふわりとした質感を仕込む。
「……そこまで分かってるなら、エッチさせようとしたらダメじゃん?」
「だって……」
 声が震えた。「お姉ちゃんは高2で初めてエッチしたから。知ってるんだ、わたし」
「愛里菜より早くって?」
 最後に手で両サイドの髪を持ち上げるようにして全体のフォルムを確認したジョゼは、ぽんと輝子の両肩を叩くと、首を解いて巻き取ったクロスを持って背後に手を洗いに行った。
 鏡の中の自分は、少し前とは全く変わっていた。可愛い髪になった、と思った。もう大人になった背の高い姉ではむしろ似合わない、まだ中学生の自分だから似合う髪だ。きっと学校の友達たちも褒めるだろうし羨ましがるだろう――、姉の名は出てこずに。
「気に入った?」
 チェアの上で身を左右に捩らせて鏡に見入っている輝子を微笑ましく見つつジョゼが戻ってきた。
「うん……」
 ヘアスタイルが気に入った輝子だったが、同時に落胆を感じていた。ジョゼに触れられている時間が終わってしまったのだ。
「ブリーチもしてあげたいけどね、けっこう量使いそうだから、店にバレちまう」
「……染めたほうがカワイイ?」
「別に、そのままでもじゅーぶん」
 話の流れに任せて、輝子は心の内をジョゼに言おうとして口を開けたが飲み込んだ。ジョゼの言葉に鼓動が強く打って声が情けなく震えそうだったからだ。
「駅まで送ってくよ」
 俯いた輝子の上から悲しい言葉が聞こえてくる。帰ったら姉が待ち構えているかもしれない。今日のことを親に話しているに決まってる。そうすることが正しいと思ってるから。
「……もう一回したい」
 輝子は消え入りそうな声で言った。
「ん?」
 傍らにジョゼの薫香が漂ってくる。背もたれと肘掛けに手を置いてすぐ傍にしゃがまれた。こっちを見ているだろうが、顔を向けることができない。
「キス……」
「いいよ」
 優しい言葉とともに、カットが終わってもう触れてもらえないと思っていた髪を撫でられ、心地よさに顫動する輝子の頭の後ろを支えて顔を上げさせる。薄目を開くとすぐ前までジョゼの顔が迫っていた。


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