指嗾-6
やたら爪を深くまで切り、体から香水の匂いまでさせてやって来た彼氏は、ベッドに座るとすぐに輝子を押し倒してきた。胸やお尻、そしてやがて脚の間を触ってくるが、少しはムズムズはしても、彼氏に深い想いの無い輝子は全く潤ってこなかった。お互い全裸になって、ベッドに座って開脚した間に彼氏がうずくまり、まだ生え揃っていないかというほどの薄いヘアの間を懸命に舐めるが、何やってんだろうなぁコイツ、と最中でも思えるほど輝子は凪いでいた。俺もうガマンできねぇ、と言って身を起こした彼氏が、いっぱいにまで勃起した男茎に焦りながらコンドームを被せると、亀頭を輝子の中心に押し付けてくる。
「ちょっ……、まだぜんぜんだよっ」
「大丈夫、やってる間に、濡れてくるって……」
舐め回したせいで唾液にヌメっている輝子の入口だったが奥は全く潤っていないのに、鼻息荒く無理矢理に男茎をねじ込もうとしてくる。
やめろ、バカ――、強引に割裂かれる痛みを感じ始めて、叫んで彼氏をベッドの下に蹴り落としてやろうとしたところで、彼氏の体の向こうのドアが開くのが見えた。
「何やってんのっ!!」
驚いた彼氏が振り返る。目の前に人気モデルで世に持て囃されている矢吹愛里菜が雑誌で見せている笑顔とはかけ離れた形相で立っているのを見て、輝子の脚の間で漲っていた男茎がみるみる萎んでコンドームにシワを作った。
「あ、いや……」
彼氏が何かを言おうとしたが、
「出て行きなさい!」
と毅然と言われると、慌てて服を着て、ドアを通り抜け様に頭を少し下げて走り去っていった。輝子は開いた膝は倒して閉じたが、全裸で体を隠すこともなくベッドに座ったままでいた。不様に退出する彼氏ではなく姉を見ていた。
「輝子……、あんた、何してんのよ。学校サボって!」
「別に?」
頭を掻いてうるさそうな顔をしながら、「彼氏とエッチしようとしてただけ」
「あんたまだ中学生でしょっ」
「はぁ?」
中学ではダメで、高校に入って勉強好きのマジメ君相手ならいいわけ? そう思いながらも聞こえてくる姉の説教には何も答えず無言で服を着ていった。
「どいて」
「待ちなさいっ」
服を着終えると、ドアから外へ出て行こうとしたが、姉が立ち塞がる。舌打ちをして、ファッションモデルらしく背が高い姉を見上げると、
「どけってっ!」
と言って思い切り肘で脇腹を突いた。
「いったぁいっ……」
それを男が聞いたなら心配して駆け寄らずには居られないだろう、手弱やかで憐憫に満ちた悲鳴に苛立ちを覚えながら階段を駆け下りて外へ飛び出した。どこに行くわけでもない。姉に追い出された彼氏を追うつもりもない。こんなことまで邪魔してきた、と頭の中で姉に対する恨情を渦巻かせ、ひたすら歩いていたら気がくと駅前まで来ていた。ビルの壁面に据え付けられているデジタル時計を見るとそろそろ学校が終わる頃だった。友達を呼び出してカラオケでも行って忘れてしまおう。パーカーのポケットに片手を突っ込んだまま壁に背中をつけ、険しい顔で携帯を操作し始めたところで、
「あれ、輝子ちゃんじゃん」
と声をかけられた。目を向けると革のジャケットしか見えなかったから上方に移す。ジョゼが笑いながら見下ろしていた。そうか、姉はジョゼと会っていたところだったんだ。何でこんな早い時間に別れて家に帰すんだろ。もっと遅くまで姉を連れまわしてくれれば、こんなことにはならなかったのに。
「……何してんの? ガッコは?」
「サボった」
携帯に目を落としてジョゼの顔も見ずに言うと、
「そっか」
と微笑み混じりの声が聞こえてきた。てっきり姉と同じように大人ぶった小言を言ってくると思っていたから、思わず画面をなぞる指を止めてジョゼを一瞥してしまった。
「んで? 学校サボって何してんの?」
ジョゼは輝子の隣に同じように壁に凭れた。革ジャケットに細身のデニム。ポインテッドトゥの革靴の片足を壁に付けて膝を曲げると脚の長さが際立つ。これで美容師なのだから、ルックスだけで客が集まりそうだ。写真を取ってグループ共有したら、友達は全員が賞賛のメッセージを送ってくるだろう。
「彼氏と会ってた」
「へぇ、学校サボってデートか」ジョゼは笑って、「カッコいいね。……でも彼氏いないじゃん」
お姉ちゃんのせいでいなくなった。引いては、ジョゼのせいだ、どうしてくれんの。学校をサボったことを咎められなかった緩みで、そう言いそうになったのを何とか抑えて携帯をデニムミニのポケットに仕舞った。
「……田中さんこそ、何してんの?」
そう言うとジョゼは声を漏らして笑って、
「名前、憶えてくれたんだ。名刺渡した甲斐があったよ。……ジョゼ、でいいよ? みんなそう呼ぶから。呼び捨てでいい」
と言った。
「……ジョゼは何してんの? まだこんなとこで」
「まだ?」
「お姉ちゃん、家に帰ってきた。ちょっと前」
「ああ、そこの本屋にいたんだよ」
ジョゼはデニムに両手を突っ込んで肩をいからせた立ち姿のまま、駅ビルを顎で指し示した。「――そっか。愛里菜が帰ってきたから、彼氏いなくなったんだ? タイミング悪かったね」
笑んだ目で見下されて輝子は俄に紅潮した。服を着て逃げ帰る彼氏も不様だったが、姉の目から見れば脚を大きく開いて姦されようとしていた自分も同じくらい不様だったに違いない。