不易一文-2
明日…… の予定を忘れた訳では無かったが、長い入浴の時間を終えた恵利子は、家族の寝静まったキッチンにひとり佇む。
傍らにはあるティーカップからは、淹れたてのアールグレイが薫る。
そっと口に含むと意識が数日前へと彷徨いはじめる。
「お、おれっ、俺…… 磯崎さんの事、好きだから大好きだから、とても大切に想っている。ずっと、ずっと前からきみのことだけみて、想い続けてきた」
普段は自分を“僕”と呼んでるクラスメイト、不易一文(ふえきかずふみ)がこの時、自分を“俺”と呼称していた。
(感情の大きな揺らぎが見える……)
恵利子は紅茶を飲みながら、不易一文との出逢いの記憶をたどる。
初めての出逢いは、4ヶ月程前の7月25日、忘れもしないあの日。
“男”に長時間の関係を強いられた、更なる恥辱を強いられたあの日。
そして本当の自分が壊れはじめ、もうひとりの自分がハッキリと現れたあの日。
その帰り道…… わたし、泣いていた。
本当の自分に戻れても、もうひとりの自分がした事を思い起こし泣いていた。
(消えたかった…… 消えて無くなりたかった……)
その時、不易くんが現れた。
(消えて無くなってしまいたい私を止めてくれた?)
次の日、香さんが不易くんを家に招いた。
(なぜ?)
でも…… この日、不易くんと“こころ”が、波長が触れた気がした。
そのあと何故か、一度だけ“デート”する事になった。
(なんでだろう?)
はじめてのデートは、きっと楽しかったはず? だと思う。
「解ってる、解ってるよ…… きみと居るとすごく緊張するし、正直、ちょっと疲れる。でも、それは…… 僕がきみにずっと憧れてて…… きみみたいに何でも上手に出来て、きれいな子は友達としても、僕にはとてもハードルが高いのは解ってる。だけど、少しの間でもいから…… 友達になりたい」
帰り際、わたしは何故かまた泣いていて…… その後、不易くんはそう私に言った。
(わたしは、もう…… きれいじゃないのに……)
次の日から不易くんは、今までよりもたくさん私に話しかけてきた。
そう、まったくまわりの事など気にせずに、はなしかけてくれた。
一度だけの約束だったけど、頼まれて頼まれて仕方なく二度目のデートをした。
仕方なくだったけど…… 楽しかった、楽しくて、ドキドキした。
それなのに帰り際、また泣いた、たくさん、たくさん、泣いた。
不易くんと居ると、何故か本当の自分がこぼれ出てしまうから……
だって本当のわたしを誰にも知られてはいけないから、お父さんにも香さんにも、もちろん汐莉や若菜、そしてそして誰にも……
恵利子は…… 願うのである。
それが決して叶わぬ願いであると解っていても……
白色金 (white gold) へ つづく