略取2-1
直属の上司である沼田とはビジネスライクに接した。時々後ろから妙な視線を感じることはあるが、以前のようなセクハラじみた行為は皆無だった。昇格以来、沼田の性格は判然と変化した。帰るのを惜しみ、何ものかに追い立てられるように一心不乱に突き進んでいる、といった感じだ。
どのような方法で保全地区の許可を得たのか今後の参考のためと称し、もう一度沼田に聞いてみたが、誠意を持って説明し理解を求めたと判で押したように繰り返すだけであった。これ以上沼田からは情報は得られない。
沼田が出かけた午後、意を決して岩井宅に電話した。岩井の家の電話番号は極秘扱いなのだが、この際そんなことはいっていられない。十五回目の呼び出し音で相手が受話器を取り上げた。心臓が竦む瞬間。
「もしもし」
女の声だった。艶のある声。とてもほっとする声色。代議士の極秘番号だからだろうか、女は名をいわなかった。
「岩井先生のお宅でしょうか?」
「はい」
吐息のような返答。
「直接お電話を差しあげた無礼をお許しください」
「いいえ」
安堵する。
「わたくし○○会社の下村と申します。いつも大変お世話になっております。さっそくですが、岩井先生と一度お目にかかりたいのですが。可能であれば、ご都合のよい日時を教えていただけないでしょうか」
自分の名をいったとき、息をのむ気配を感じたのは気のせいだろうか。
「少々お待ちください」
緊張が走る。岩井は家にいるのだ。しばらく待たされたあと、女は「それでは、来週の土曜日のこの時間でお願いいたします」と言った。女の話し方に品位を感じた。単なる秘書だろうか。岩井との関係が気になる。
訪問する理由も聞かずに許可したことに一抹の不安を覚えたが、気持ちは逆に急いていた。