レイジーマン-3
「…じゃあ、本当にいいんですか?」
「おぉ」
「なら…えと、お願いします」
「よし、じゃあ行くぞ」
先生は歩き出した。早速箱から一本取り出して口にくわえ、タバコに火をつけている。あたしは小走りで先生を追いかけ、並んだ。
「歩きタバコって良くないですよね」
横を見上げると、美味しそうに紫煙を吐く先生と目があった。
「捕まりはしないだろ」
「……」
確かにそうかもしれないが、教育者としてその考えはいかがなものか。
「そんなもんよりお前の方が問題だ。あいつとはアレ、出会い系で知り合ったんだろ?」
「ち、違いますよ!普通の健全な掲示板です。<メル友募集>のコーナーっていうのがあって‥」
先生は頭をぼりぼりと掻いた。
「どうだかなぁ。掲示板も出会い系も変わらないとおれは思うね。健全も何もねぇよ。だって『会おう』とか言ってくるんだろ。なんで『メル友』なのに、会わなくちゃならないんだ。趣旨から外れていると思わねぇか?会いたいっつーことは下心があるんだろ」
「…それはまぁ、そう思いますけど」
先生にしては珍しくまともなことを言うなと思った。
「つうかよ、メル友なんか何がいいんだ?んなもん作らなくたってお前学校に友達たくさんいるだろ」
「…よく分かんないんですけど、顔見知りには恥ずかしくて言えないことも言いやすいとか、そんなところだと思います。知らない相手ですから」
「ふーん…お前、恥ずかしい内容のメールをする相手が欲しいのか」
「いや‥、別にそういうわけじゃないですけど」
先生はいきなりあたしの肩にをポンと手を置いた。
「お前なぁ〜、そういうことならおれにメールしろよ。どんなにエロい相談も受け付けるから」
あたしの言葉は軽く無視されたらしい。
「いやいや、さっき『そういうわけじゃない』って言ったじゃないですか。つうか『恥ずかしい』がどうして『エロい』に飛躍してるんですか?先生こそ下心丸見えなんですけど」
あたしがツッコミをいれた。
先生がすかさず切り返す。
「いやいや、思春期の女の子の『恥ずかしくて人に言えないこと』っつったらお前エロいことに決まってんだろ。人の善意はありがたく受け取れよ。あとでおれのメアド授けるから」
「善意じゃないですよ、そんなの。まぁ、部活の伝達にも便利だからメアドは知っといた方がいいと思いますけど、先生にエロい相談なんて絶対しませんからね。あーもうやだ、このエロ教師」
最後の方は小さく呟いたつもりだったが聞こえていたらしい。
「ええどうせエロいですよ、おれは。つうか教師だろうと何だろうと人間みんなエロいんだよ。ムッツリかオープンかの違いだけだ」
「あー、はいはい、そうですね。先生の言う通りです」
どちらかが折れなければ口論は止まないので、ここはあたしが一歩引いた。
「なんかその言い方ムカつくな。まぁいいや。とにかくだな、もうメル友っつーもんは作らねぇことだ。トラブルしか生まねぇんだから」
先生は短くなったタバコを道端に落とし、足で火を踏み消した。
「あっ、今のは完全にダメな行為ですよ。タバコのポイ捨て」
先生は面倒くさそうな顔をした。
「見なかったことにしてくれ。灰皿がないんだからしょうがない」
あたしは先生の顔を見上げて、小さく溜め息をついた。
「うわぁ、ほんと教育者失格…」
5分程歩くと、マンションに着いた。
外壁が落ち着いた焦げ茶色の、なかなか都会的な造りの建物だ。
ボロアパートに住んでいると勝手に踏んでいたあたしは面食らった。