鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵 4.-7
「……デートしたいの。ふ、普通のカップルみたいに」
舌と指を動かしながら、友梨乃は普通、という言葉は自分自身にも言い聞かせていた。「イヤ?」
「イヤやないです。……嬉しいです」
陽太郎はあらん限りの愛しみを向けて抱きしめながら指を奥深くまで埋めて、友梨乃の悦楽が集中している場所を弄った。腕の中でもがくように友梨乃が体をヒクつかせて、体を揺らしながら陽太郎の男茎を強く握って扱いてくる。「っく……、怖く……、なくなったんですか?」
「男の人は、ま、まだ全然怖いよ。……でも、陽太郎くんだったら、きっと大丈夫だと思う……」
友梨乃は腰を揺らしながら言った。陽太郎は昨日の射精の激烈なまでの快楽の残滓が頭の中に漂っていて、抱きしめている愛しい人が口にした言葉を複雑な気持ちで聞いていた。
友梨乃が大手町の改札を出ると、案内板の前で大学帰りの姿で陽太郎が待っていた。小走りに駆け寄って遅れたことを謝ると、陽太郎が優しく気にしないでと言ってくる。恋人同士のよくある風景に思わずふき出し、その様子を不思議そうに見ている陽太郎と並んで東京駅のほうへ歩いていった。本当に特に行きたいところはなく、陽太郎と話しながらジュエリーショップや地方県のアンテナショップを眺めた。地下街を歩く同じようなカップルとすれ違う。同じようにできてるかな、そう考えながら友梨乃は陽太郎は駅に隣接する百貨店に導いていった。
一つ一つフロアに寄ってぐるりと見て回っていると、とあるショップで見かけた白いシフォンカットソーが可愛くて、友梨乃は自分の肩に当てて陽太郎に感想を伺った。
「ええんとちゃいます?」
「そぉ? ……ピンクもあるよ」
だがピンクは棚に並ぶ中にサイズが無かった。店員が、すみません、お出ししますね、と言って在庫棚へと向かっていった。
「……自分が着る目線で見ちゃだめだよ」
笑んだ睨み顔で陽太郎に小声で言った。
「そんなんしてませんて」
微笑んだ陽太郎だったが、いかにも図星を突かれました、というオーラが出ている。
「こういうのは、陽太郎くんには似合わないから――」
と言いかけると店員が戻ってきて、友梨乃に色違いを渡した。鏡の前で肩に当てる。鏡越しに陽太郎が自分を見ている。
服じゃなく私を見てるかな、ちゃんと。
「どうですかぁ?」
店員も鏡の中に入ってきて、邪魔しないで、と思った友梨乃は、
「彼氏に決めてもらいます」
と告げた。店員がニッコリ微笑んで、陽太郎を向く。
「……こーいうときって、女の人ってだいたい答え持ってるんですよね」
と言って苦笑する陽太郎に、
「そうですよ。彼氏さん、間違っちゃいけないですよぉ」
店員がさあどうぞ、という顔を向けた。
「……白かな」
陽太郎が言うと友梨乃は即決で、じゃ白ください、と言った。
「正解?」
「……陽太郎くんが着て欲しいほう着るだけだから、どっちでも正解」
あー見せつけられましたねー、と言って、白いカットソーを受け取った店員がレジの方へ向かった。
「……普通のカップルになれてるね」
追いていきながら、友梨乃がはしゃいだ笑顔で、店員に聞かれない声で言う。
「普通っていうか、絶対、バカップルって思われてますよ」
「てことは普通だもん」
陽太郎も目線を変えないで囁くと、友梨乃は嬉しそうに口を尖らせた。
それからも睦み合いながら二人で歩いた。途中疲れて、裏切り行為だね、と言いながら二人が働くチェーンではないコーヒーショップに入って休み、色々な話をした。そしてまた歩く。気がつけば銀座まで来ていた。事あるごとに友梨乃は、普通だ、と言った。はしゃいだり、笑ったりしている友梨乃を見ているだけで陽太郎も心が和んだ。部屋の中ばかりで愛を育んでいるつもりだった。そうだ、女の体でいすぎたのだ。友梨乃を快楽に慈しむこと、自分が気持ちよくなることばかりしていた。一人になって、女の姿に興奮しながら不浄の場所を弄っている場合ではないのだ。ただこうして二人で街を歩けばいいだけなのだ。
陽太郎が自分を省みるあまり、言葉にして友梨乃に謝ろうとまで思っていた矢先、中央通りで友梨乃が足を停めた。目線の先には大きな楽器店がある。
「寄りますか?」
「ううん……、いい」
横から見ると、上の階のガラスの向こうのピアノを反った睫毛に彩られた瞳が見上げていた。
「ユリさん……、ピアノ、弾けるんですよね?」
「……勝手に楽譜見たな?」友梨乃は笑ったが、すぐにそれは消えて、「あんまりいい思い出ない」
悲しげな瞳で陽太郎を見てきたから、申し訳ない気持ちになって、平日とはいえ人の多い銀座の真ん中で抱きしめてやりたくなった。
「昔はピアノしかなかったけど、……今は要らない。陽太郎くんがいるから」
友梨乃が視線を足元に落としたまま、一歩近づいてきた。「抱きしめてほしくなってる……、けど、ここじゃだめだね」
「男のままやから、怖い?」