鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵 3.-7
羞恥を越えて女装姿で自慰をすることを受け入れると、男茎からもたらされる快楽は想像以上だった。沸騰するような劣情の体液が下腹部からせり上がってくる。必死に手を伸ばして、いつもより倍の枚数のティッシュを引っ張り取って、重ねて先端に押し当てた。間に合った――。
「……う、……あんっ!」
自然に出た声だった。ティッシュの被さった男茎が中で暴れまわりながら、夥しい精液を噴射していた。脈動する度に声が出る。男として性欲を満たす時とは全く違う感覚だ。強烈に気持ちよかった。ティッシュを外すと、周囲に靄がかかると思われるほど熱い体液を薄く身にまとった男茎が、ピッタリと閉じ合わせ太ももの殲毛された肌とズリ上がってしまったワンピースの裾が作る三角の隙間から場違いに突き出ていた。
誰に対するものかわからない罪悪感に苛まれる。このことを話しても、きっと友梨乃は許してくれるだろう。友梨乃は度々、まだ陽太郎の恋心、有り体に言えば性欲を自分の体で満たしてやれないことを気にしている様子を見せた。その度に陽太郎は、気にするほどでもないと友梨乃を安心させようとする言葉をかけていた。だから友梨乃はきっと自分が自慰をしていると知ったとしても嫌悪よりも安堵を示すだろう。たとえそれが女装をした自慰で、夥しい精液を噴出しているとしても。
陽太郎は横座りでベッドから身を起こした。姿見に自分の姿が見える。脚を投げ出してしなだれた姿の女が居るが、ミニワンピースの股間から男茎がはみ出ている。鏡の中の女は、股間の異物を無視すれば、男としての陽太郎が見ても「いい女」だった。現実に会ったらヤリたいと思えるだろう。男であるときは絶世の美男子というわけではない「丁度いい感じ」程度の顔立ちは、女色に偽った方が性的な魅力が増すらしい。乱れた髪を手櫛で直し、胸元の紛い物の膨らみへ手のひらに被せると鏡の中の女も同じように動く。見ているうちに力を失いかけていた男茎がまた漲り始めて、ワンピースの裾を押し上げて真上に屹立した。自分の胸には感触が無いのに、手のひらには柔らかい感触が伝わってくる、わけのわからない興奮だった。
友梨乃に対して欲情する。男としての自分はまだ受け入れられていないが、好きな女なのだから、これは真っ当な反応だ。今まで生きてきて一番、心の底から好きになっている。抱きたいと思うし、この男茎をその体に埋めて心地よさの中で爆発させたいと思う。だが同時に友梨乃に好かれる女の姿に身を変えた自分に対して、陽太郎自身も欲情してしまっている。直感的にこの倒錯した感情は間違いだという思いが陽太郎を包み込んだ。しかし何度鏡の中の女を見るにつけても、この劣情は抑えきれるものではなかった。時間を空けずに、今度は鏡の中の自分を見ながら男茎を握りしめる。反対の手でワンピースの上からバストを鷲掴みにしながら扱くと、亀頭の先から男茎が肉体から蕩け落ちてしまいそうになった。
鏡の中には女の姿でありながら異形の場所を扱いて自らを処理している、得体の知れない何者かが居た。
「ああっ……、うっく……、ユリ……」
友梨乃が愛おしい。覚悟はしていたが、友梨乃が解れるまで耐え忍ぶことは相当な努力が要ることを改めて思い知らされていた。そして、男として友梨乃を抱きたいと思うと同時に、鏡の中の女は抱かれたいと思っている。誰に?
この異形の姿をメチャクチャにされたい。――この忍耐は想定していなかった。
「おやすみ」
リビングでテレビを見ている智恵に声をかけて自分の部屋へ向かおうとすると、
「あー、おやすみー。……あ、ユリ」
と声をかけられた。
「ん……?」
智恵の顔をまともに見ることができずに、友梨乃は背中を向けたまま横顔だけ振り返った。
「明日もヨーちゃんち行くん?」
「行く。……また泊まるから」
明日は陽太郎がシフトに入っている。そのことは智恵も知っていた。友梨乃が無表情に言うと、
「あ、そ。朝帰りするようになるなんて、ユリも成長したねぇ」
言いながら智恵がリモコンでテレビを消した。嫌味がましい言い方で立ち上がり、「もうさせてあげたん?」
立ち上がった智恵に、友梨乃は心の中で身構えたが、智恵は友梨乃に近づいてくることもなく、腕組みしながら薄笑みを向けている。
「そんなの、智恵には関係ない」
「関係ないことあらへん」
智恵は笑いながら、「元セフレやし?」
「……心配してくれなくても、うまくいってる」
「あ、そ」
眉を寄せてきっぱり言った友梨乃に、智恵はもう一度同じリアクションを返した。苛立ちを煽ってくる智恵の態度に友梨乃は自分の部屋に向かおうとしたが、立ち止まって少し考えた後、
「……智恵」
と呼びかけた。
「んー?」
「『元』ってことは、もう、私とはするつもりないんだよね?」
智恵は壁のスイッチを押してリビングの明かりを落とした。影しか見えなくなる。
「なん? してほしーの? ……私のエッチが恋しくなったぁ?」
半笑いの声が聞こえてくる。