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桜の降る時
【初恋 恋愛小説】

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満月の長い夜-1

 暑い暑い夏も終わり、少しずつ涼しい日が多くなってきた。同時にクラスの中も受験、という色が濃くなってきたようだ。
 霞も本格的に受験勉強をし始めた。俺とのデートも今までより少なくなった。淋しい…。もっと霞に会いたい。一緒にいたい。それが俺の本音。でも、教師でもある俺に、受験勉強をほっといて俺と会ってくれ、なんて言えるわけがなかった。
 今日も仕事を終えて、帰ってきてから少しだけ霞と電話で話した。
 話し終わって電話を切ると淋しい気持ちが溢れてくる。電話なんかじゃなくて会って話したい。毎日学校では会えるけど、恋人として霞に会いたいんだ。
 たまらなく淋しくなった俺は、窓を開け、煙草に火をつけた。窓の外はすっかり秋の風が吹いていた。空を見上げると、ぽっかりと大きな満月が浮かんでいた。
 秋はなぜか人を切ない気持ちにさせるんだよなぁ。なんて思いながら、霞との出会いを、霞を好きだと思った瞬間のことを思い返していた。
 4月。満開の桜がはらはらと舞い落ちてくる頃だった。新任の俺は、早めに赴任先の学校に着いていた。学校の周りの桜も満開だった。その桜の下に、霞がいた。霞は舞い落ちる桜をただ、じっと見つめていた。無表情で。
 とても幻想的だった。桜の下の霞がとても綺麗に見えた。
 俺は一瞬で霞に目を奪われていた。なんて、なんて綺麗な子なんだ。
 制服を着ていたので、高校生、俺の働くことになるこの学校の生徒であることは間違いなかった。俺よりも年下であるはずの彼女は、とても大人びて見えた。美しい、という言葉がぴったりと当てはまる女性だった。
 自分が桜の下にいる女生徒、霞に目を奪われていることに気付いた俺は、頭を振り、いけないと言い聞かせた。
 俺はさくらを探しているんだ。さくらと出会うために生まれ変わったんだ。さくら以外の女性に、恋をするなんてことは許されないんだ、と。
 今までも、もしかしたらこの人がさくらなのかも、と思える女性とは何人か出会ってきた。外見が似てる、とか、しぐさが似てる、とか、話し方が似てるとか。でも、どんどんその人を知っていくうちに、この人はさくらじゃない、と俺の心が教えた。だから、今まで出会ってきた女性にひかれることはあっても、好きになってはいけないんだ。この人はさくらじゃないんだから、と自分に言い聞かせてきた。
 霞との再会は俺の担任するクラスの中でだった。密かに、桜の下にいたあの子がクラスにいないかな、なんて思っていた。そんな偶然、そう簡単にはないだろうな、と言い聞かせながら、クラスの生徒1人1人に自己紹介をしながら席を回っていった。
 「えーっと次は…。水…みずしろ、かな?みずしろかすみ。」
 自己紹介も中盤に差し掛かった頃、俺の目の前には桜の下にいた、彼女がいた。
 また、目を奪われた。桜の下にいた時のような、幻想的な雰囲気は持ち合わせてはいなかったものの、やっぱり、綺麗だった…。
 この子がさくらだったらいいのに…。
 そんなふうに考えていた。俺は思わず、さくら、と呟いてしまった。目の前のその子は不思議そうな顔をしていた。俺がよほど変な表情をしていたんだろうか。
 言い訳を考えていると、俺の目の前のその子の頭に桜の花びらがついていることに気が付いた。
 「いや、ごめん。桜の花が頭についてたから。」
 「あ、ほんとだ。」
 …うまくごまかせただろうか?俺を見て、にっこり笑う彼女を見て心の中に愛しい気持ちが込み上げてきた。
 でも、俺はさくら以外を愛してはいけないんだ。目の前にいるこの子がさくらだったら…。何度も心の中で繰り返しながら、自己紹介を続けた。
 その後も、俺の目は霞を追い続けた。高校生でありながら、大人びた霞。教師という立場も忘れ、少しずつ霞にひかれていった。
 教師の俺が、生徒である霞にひかれている、ということよりも、さくら以外の女性にひかれ始めている自分に戸惑っていた。
 俺のそんな戸惑いはある日、ひょんなことから期待に変わった。


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