略取1-1
田倉と沼田、沙也加の三人が役員会議に呼ばれた。プロジェクトのリーダーでありながらアプローチがネガティブだと田倉を非難した。やる気のなさや、果ては無能ぶりをぶちまけた。いかに自分がこの案件に身命を賭していたか、会社の発展のため、環境を考え地域活性化の希望の光を見いだそうとしていたかを得々と語った。田倉に相談したが聞く耳すら持たないことを付け加え、独断で交渉を行なってきたことを正当化した。
最後に、「今は暗闇でも己を信じ果敢に攻め、決して希望を捨てず地を這い歩めば、必ず光明が差すとわたしは信じていました」と締めくくった。目頭を押さえる役員もいた。田倉は異を唱えなかった。田倉をバックアップしてきた役員の落胆した表情は沙也加の胸を痛めた。
保全地区の開発許可を獲得したことを公示する前に社内に知れ渡る。本社、支社共に沸き立った。
かくして沼田はヒーローとなった。
毛嫌いしていた社員の目も畏敬のまなざしに変化した。沼田は部長に昇進した。誰もが納得する人事であった。すでに人望を失っていた田倉は沼田の昇格もあり、異動のうわさがささやかれた。そんなとき、例の浮気の写真が役員宛に送られてきた、と情報を得た。差出人はわからない。分かったところで、もはや取り返しはつかない。田倉は上に呼ばれ再び保全地区に関する取り組み方の姿勢の責任を責められ、ふしだらな私生活を失笑された。その場で異動の通告を受けた。田倉の後釜は沼田と相成った。沼田は田倉がいた部長室へ移り、沙也加はそのまま秘書として残った。役員会議に沙也加も呼ばれたのはそういう理由もあった。
田倉の異動先は地方にある支社のまた支社の小さな事務所だった。行ったことはないが写真で見たことはある。かなりの築年数を経た三階建ての小さなピルだ。田倉はもうプロジェクトに携わることはない。会社の主たる流れとは何ら関係のない部署への配属となる。業績を左右するほどの第一線で働いていた田倉にとって非常に厳しい左遷であった。年齢から田倉の浮上はもうない。
娘は別れた妻に引き取られた。そうせざるを得なかったのだろう。田倉に連絡するといつもで来てくれて構わないと、電話口で笑っていた。週末、沙也加は訪ねることにした。