奸計2-1
八階建てのウィークリーマンションは、外壁を塗り替えたばかりなので遠目にはこぎれいだが、近寄ると古ぼけている箇所が目立つ。中に入ると顕著だった。借りた部屋も同様だった。狭いワンルームにベッドや冷蔵庫、テレビ、電子レンジ、小さな机が備え付けてある。これらも相当年季が入っている。わびしい生活を表現するにはちょうどいい。食料を買い込み、昨夜はここに泊まった。
次の日、恵からケータイに電話がかかってきた。手応えは感じていたが、思った以上に早かった。会う場所をここに指定してみると恵は了承した。なかなか度胸のある娘だ。小麦色に焼けた肌を思い出す。運動部に属しているのだろう。あの美少年を思い出す。テニスが似合いそうだ。運動神経には自信があるので何かあったら対処できる、もしくは沼田の風貌を見て人畜無害だと判断し、来ると決めたのだろう。そう思わせるよう努力はした。その状況は保ちたい。
約束した場所で待っていると恵が来た。学校の帰りなので昨日と同じ制服だった。小さなホールに設置してある監視カメラの位置を説明した。エレベーターの中でもカメラを指さした。恵の表情は昨日とは違い、なかなか精悍な表情である。確固たる目的を持った目だ。
室内に入る前も監視カメラの位置を教えると恵はうなずいていた。室内にも躊躇なく入った。
狭くて座る場所がないのでベッドに座らせた。肝の据わった娘だ。密かに感心した。沼田は手慣れた手つきでコーヒーメーカーを作動させた。恵にじっと見つめられて緊張した。室内がこうばしい香りに包まれた。
カップを手渡すと礼儀正しくお礼を言った。沼田は備え付けの小さなテーブルの椅子に腰掛けた。
「……あの、本当に母は……」
いいにくそうではあるが、最初から核心から入ってきた。そのために来たのだ。沼田は唇をかみしめて「それは間違いございません」と小さく頭をさげた。恵はため息をはいて「信じられない、あのお母さんが……」とつぶやいた。涙は見せなかった。
「誠に申し訳ございません」
「いいえ、飯沼さんのせいではありませんので」
それが自分の名前だと気づいてはっとした。偽名をすっかり忘れていた。あぶない、あぶない。
恵の要望で、どのようにして調査したかを詳しく説明した。もちろん全て石橋から仕入れた情報だ。沼田はできるだけ淡々と話すよう心がけた。公園のくだりでは恵はうつむいていた。自分から知りたいと言い出したのだが、母親の赤裸々な内容は高校一年生の娘にはつらいだろう。
「わたくし事ですが先頃、離婚をいたしました」
話し終えたあと少し間を開け、自分の境遇を話した。
「そうだったのですか……」
「勤めていた会社の調査の仕事というのは土日も休日もありませんでした。時間も不定期で、特に夜中の仕事が多いのです。ほとんど家には帰りませんでした。当然ながら愛想もこそも尽き果てられました。妻とひとり息子には家と財産を残し、わたくしが家を出た方がよいと判断した次第です。従って安ホテルやこういったところを転々としています。住所も固定電話もないのはこういったわけです」
恵は沈痛な表情でうなずく。
「息子とは定期的に会っておりますので、ご心配にはおよびません」
完全に妄想の世界だった。
「母はどうしてあんなことをしたのでしょう」
つぶらな瞳にたじろぐ。
「うーん、そうですね……お父様のことが嫌いになったのではなく、お父様と同じように愛する男性が現れてしまった、といったところでしょうか」
「初めて田倉さんに会ったときのことは、わたし覚えています」
「ほう……」
恵はそのときの経緯を話し、「遊園地に行こうと言い出したのはわたしなんです」と泣きそうな顔を見せた。