奸計2-3
「わたし、もう家には帰りません」
説得に――誘導に――もう少し時間がかかると思っていたが、想定を上回る早さで恵は決意した。家族に連絡を入れておいた方よいと強く提案すると、恵は渋々うなずいた。家族に騒がれて警察沙汰になるのはまずい。その場で電話させた。
沼田はこの部屋を恵にあてがった。初めからそうするつもりで借りたのだから。当面困らないよう、金も与えた。さまざま出費は痛いが、過大な恩を売っておく必要がある。ここから学校に通おうが休もうがそれはどうでもいい。健康だけは配慮するよう強く注意した。心を鬼にして決めた目標に向かって突き進むしかない。
車の中や公園での母親と田倉のセックスシーンはショックだっただろう。ポータブルプレーヤーは恵に預けてある。恵の方でどう処理しようがいい。そう言ってある。
恵とは毎日連絡を取り合っていた。家に定期的に連絡を入れることも約束した。それでも義雄も奈津子も必死で探していることを伝えると、「かまいません。ありがとうございます」ときっぱりと言った。計画は着々と進んでいくが、そのおぞましさに吐き気をもよおすこともある。沼田を頼りに生活している恵にもやは警戒心はない。
「この先この状態で生活し続けることは、あなたにとって好ましくないと思っております」
数日後、沼田は切り出した。恵もわかっているようで救いを求めるまなざしを向けた。
「いつまでもご厚意に甘えていてすみません。すぐにここを出て行きます」
「いえいえ、そういうことではございません。わたくしとしましては、このままずっとここにいていただいて結構なのですが……」
慌てたそぶりを見せて目の前で手を振る。
「実はわたくし、仕事先を見つけることができました。ずっと前ですが、ある方の仕事の依頼をわたくしが担当いたしました」
晴れ晴れとした表情をつくって見せた。
「このたび、その方のツテをたどり何とか就職できる運びとなりました。決して妙な仕事ではございませんよ。わたくしにとって、まさに命の恩人といっても過言ではありません。政治に携わる七十過ぎのご老人で、ずっとお一人で暮らしている方です」
話を切り、姿勢を正した。
「その方にあなたのことを話しました」
恵は目を見開く。非難している目ではない。沼田は小さく頭をさげた。
「あなたのことを気の毒に思ったのでしょう、大層、感慨に耽っておいででした。そして、こうおっしゃいました。『その少女が欲しい』と」
わざとそんな言い方をした。最終的にそうなってしまうことはある程度匂わせた方がいい。恵はそう感じるかどうかは別として。これで策略が没になっても仕方がない。
「仕事をお受けした頃はばりばりがんばっておられました。年を追うごとに体力も気力も落ち、先日お会いしたときには、政界から引退するようなことをおっしゃっていました。あの方もずっとお一人で生活しておりますので、大変お寂しいご様子でした。是非、あなたに来ていただきたいとおっしゃっています。後見人のようなものだとお考えください。あなたのご両親は健在ですので法律的には違法になります。政治家ですので、その辺りはうまく処理するのではないかと思っております。違法を承知で申し上げますのは、あなたを見ておりますと心が痛むからです。高校はぜひ卒業していただきたいし、大学にも進学して欲しい。青春も謳歌してほしい……こんなことでくじけないで欲しい」
本当に涙が出てきたので自分でも驚いた。涙をふいて続ける。
「先方もわたくしと全く同じ考えです。もちろん、全てあなたのご意志でお決めになることです」