男女交際-1
明智勇輔はすずかけ工業高校水泳部の二年生部長だった。
二時過ぎの休憩時間に同じ二年の男子部員が少し顔を赤くして勇輔に近づいてきた。
「おい、勇輔」
「なんだ、秀島」
「うららちゃんのアドレス教えろ」
「はあ?」勇輔は思いきり眉間に皺を寄せた。
「お近づきになりたいんだよ」
勇輔は軽蔑したようにその部員を斜めに見て腰に両手を当てた。
「俺の妹とつき合いたかったら、面と向かって告白しろ。そんな大事な気持ちは相手の目を見ながら、自分の言葉で伝えるもんだ。そんな回りくどい、卑怯な手、使うんじゃねえ」
「それができないからおまえに頼んでるんだろ」
「チャンスじゃねえか。今休憩時間だ」勇輔は室内をぐるりと見回し、プールの反対側のベンチに溜まっていた女子部員に目を向けた。「ほれ、あそこにいんぞ。呼び出してコクったらどうだ? 今」
秀島は拗ねたように口をとがらせた。「なんだよ、それ。おまえ妹のことだからって、めちゃめちゃ無愛想だな」
「ばあか、それが常識ってもんだ」
「偉そうに……」秀島は恨めしそうな目をした。
「二日後、大会だぞ、そもそもそんなことやってる場合じゃねえだろ。」
夕方、部活が済んで、その勇輔の一つ下の妹うららは、道具を肩に担いでプール棟隣に立っている芸術棟のエントランスに急いだ。
「たぶん、まだいるよね、冬樹、音楽室に」
そう独り言を呟きながら彼女は靴を脱いで、その建物に入った。
うららと冬樹は同学年で同じ1年電子情報科クラスに所属していた。
丁度階段の上り口のところで、下りてきた冬樹と鉢合わせしたうららは、焦ったように彼に声を掛けた。
「あ、冬樹」
「あれ、明智さん」
冬樹は階段の途中で立ち止まった。
「ちょ、ちょっと話、いいかな……」うららは少しうつむき加減で言った。
「なに? どうしたの?」
冬樹は階段を下まで降りてうららに身体を向けた。
一つ深呼吸をして、うららは一歩冬樹に近づいた。
「冬樹、誰か好きな子、いるの?」
「えっ?」
「ご、ごめんね、突然こんなこと……」
ポケットから濃い緑色のハンドタオルを取り出して、焦ったように額の汗を拭った後冬樹は少し動揺したように瞳を揺らめかせながら言った。「べ、別にいないけど……」
うららはもう一度深呼吸をした。頬がほんのりとピンク色に染まっていた。
「もし良かったら、あたしとつき合わない?」
「え?」
しばらく冬樹はうららの眼を見つめていたが、急に襲ってきた息苦しさに、思わず目をそらした。
「い、今じゃなくてもいいから、返事……」
冬樹は顔を上げた。
「いいよ」
「え?」
「ぼ、僕も明智さんのことが、気になってた」
うららの笑顔が弾けた。「ほ、ほんとに?」
冬樹は柔らかく微笑みながら言った。「ぼ、僕で良ければ……」
「嬉しい!」
うららは飛び跳ねて冬樹の手を取った。
冬樹の心の奥に、針が刺さったような鋭い痛みが走った。