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鍵盤に乗せたラブレター
【同性愛♂ 官能小説】

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想いの詰め合わせ-5



 街全体の風景が彩度を落とし、淡いパステル画のような風情に姿を変えていた。街路樹もすっかり葉を落としている。よく晴れた土曜日の朝だった。道行く人々はコートの襟を立て、背を丸めて早足で歩いている。それでも開店準備に追われる軒を連ねたショップの店先には、近づくクリスマスに合わせて色とりどりの華やかなデコレーションが施されていた。

 ケネスは『シンチョコ』のアトリエで、朝の掃除をしていた。その時出し抜けに自分の名を呼ぶ大きな声が表から聞こえた。
「ケニー、開けろ! 開けやがれっ!」どんどんどん、と乱暴に勝手口のドアをノックしているのは、『酒商あけち』の主、大五郎だった。
 ケネスは慌ててドアを開け、負けずに大声を出した。「やかましわ! わいの店破壊する気かっ!」
「外は寒いんだよ! さっさと開けやがれってんだ。まったく」
 大五郎はそう言いながら遠慮なくアトリエに足を踏み入れた。

「どないしたんや、こないに朝早う」
「ほれ、おまえも食え」
 大五郎は手に持っていた二個のリンゴのうちの一つをケネスに手渡した。「源三おやじンとこからかっさらってきた」
「そうか、もうリンゴも入荷の盛りの時季なんやな」ケネスはそれを受け取りながら笑った。
 大五郎はアトリエの真ん中でそのつややかなリンゴにかじりついた。
「大五郎、おまえそのリンゴ食うためにここに来たんか?」
「ちげーよ。ちゃんと注文に来たんじゃねえか」大五郎は片頬で笑いながら言った。
「そやったら始めからそう言いや」

 大五郎はそばのテーブルに載せられていたティッシュをざかざかと勝手に取り出して口元を拭った後、口の中のリンゴをもぐもぐさせながら言った。「ケーキを一つ頼むわ」
「ケーキ?」
「そうだ。今夜パーティやっから」
「何の」
「冬樹の誕生日が今日なんだよ」大五郎はにっこり笑った。
「おお、そやったか」
「あの子、昨夜から泊まりに来てんだが、今日の店の棚卸し、手伝ってくれててよ」
「こない早い時間からか?」
「ああ」
「ほお……」ケネスは感心したように腕を組んでうなずいた。
「先週も店の手伝いしてくれたんだぜ。いい子だよ」
 ケネスはその厳つい風貌の大男を斜めに見ながら少し声を潜めて言った。「大五郎、おまえ平気なんか? 息子に彼氏ができたこと」
 大五郎は肩をすくめた。「ヤツが女連れ込むより安心だよ」
「なんでや?」
「どんなに乳繰り合ってもデキたりしねえじゃねえか」
「それが理由かいな」ケネスは呆れ顔をした。
「カミさんが特にお気に入りなんだよ」
「そうなんか?」
「ああ。こんな息子が欲しかった、って言ってな。横で勇輔がふて腐れてら」

 ケネスはアトリエの中に響き渡るほど大笑いした。

「ほたら、腕によりかけて作ったるかな、ザッハトルテ」
「ザッハトルテ? なんだ、それ」
「チョコレートケーキの王様やんか。覚えとき」
「冬樹、甘いのあんまり好きじゃねえって言ってたぞ」
「大丈夫や。冬樹仕様でリッチカカオ・チョコ使うて、甘さを控えめにしたる。それに」ケネスはウィンクして続けた。「ザッハトルテに欠かせへんのんは、アプリコット・ジャムや」
「アプリコット?」
「そや。この香りは勇輔が大好きなんやで。これも覚えとき」
「なんでそんなのが好きなんだろうな、勇輔のヤツ」
「本人に訊いてみ」ケネスは意味ありげに笑った。「そやけど、」
「何だよ」
「いきなり今夜のケーキをその日の朝に注文するやつがあるか? もっと早うにアポとらんかい。まったくお前らよう似た親子やな」
「いいだろ。ちゃんと金払うんだ。文句言うな」
「ま、こないだおまえにワインサービスしてもろうたからな」ケネスは肩をすくめた。「パーティ何時からや?」
「6時開会だ」
「それに合わせて届けさせるわ、健太郎に」
「『居酒屋らっきょう』に届けてくれ」
「『らっきょう』でパーティやるんか」
「冬樹のお気に入りなんだよ、あの店」大五郎は食べ終えたリンゴの芯を、ドアの横のゴミ箱にぽい、と投げ入れた。「じゃ、頼んだぜ、ケニー」
 そしてその酒屋の主は右手を軽く上げてアトリエを出て行った。

「さて、ほなさっそく仕込まなあかんな」
 ケネスは腕まくりをして、ストッカーからアプリコット・ジャムと『酒商あけち』から仕入れたラム酒の瓶を取り出した後、大きな冷蔵ケースにずらりと並んだ容器からいくつかのクーベルチュール・チョコを選び始めた。

――the End
2014,10,12

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