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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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5.つきやあらぬ-9

「してるさ」
 そう言って、井上は紅美子を横抱きに抱え上げた。首に手を回し、押し付けられるままにキスに応じながら寝室へと連れて行かれる。
「電気、点けてくれ」
 ドアを入ったところで井上が立ち止まると、紅美子はスイッチに手を伸ばし、
「結局あんたには明るい所でばっかりヤラれたね」
「あんまり暗いと君が見えないからね」
「老眼?」
「老眼は入ってきてるのは確かだけど、老眼は明るさと関係ない」
「おっさんだね」
 ベッドの上に降ろされる。井上は立ち上がってワイシャツのボタンを外しつつ、
「……何でもしていい、って言ったな?」
「うん、言った」
 クローゼットを開けると、中から何かを取り出して振り返った。体を振り向かせた拍子に、ジャラリと音がする。
「手を縛らせてくれ」
「でたよ、変態野郎。……何? その本格的なの」
 井上の手にあったのは鎖の付いた革手錠だった。「痛そうじゃん、それ」
「内側にクッションが付いてる。痣が残ったりはしないさ」
「そういえば、あんたに初めてヤラれた時も、縛られたね、私」
「……そうだったか?」
「トボけないで。憶えてるでしょ」
「ああ。……背中を向けて、後ろに手を回してくれ」
 ベッドサイドに井上が立って見下ろす。紅美子は起き上がって肩を竦めると、シーツの上にストッキングの脚を滑らせて座り直し、井上に背中を向けて腰の後ろに手を回した。手首に手錠が巻きつけられる。井上の言うとおり、内側には緩衝のためのクッション生地が付いていて手首に痛みは全くなかった。同じような革の輪が両肘にも巻きつけられ、左の手首は右の肘に、右の手首は左の肘に鉄輪で繋がれる。体の後ろで腕を組んだように繋がれた紅美子は、少し手を動かして鉄輪どうしを鳴らすと、
「スゴいね、コレ。びくともしない」
 と淡々とした口調で言った。「こうやって、レイプっぽいプレイしたいの? いやですっ、マネージャ、やめてぇっ!、て抵抗したほうがいい?」
「そんなダイコンじゃ、燃えるものも燃えない」
 ボクサーブリーフ一枚の姿になった井上が苦笑しながら広いベッドに上がってくる。引き締まった肉体。特に中年とは思えない胸板と腹筋で、歳を考えると弛んでもおかしくない横腹は、背筋へ巻き込むように持ち上がっている。抱き寄せられると、大きな枕を背凭れにして二人で並んで座り、肩に手を回された。
「……何これ? 縛る必要あったの?」
「縛ったら君の爪の餌食にならなくて済むからな」
「引っ掻かれるの好きだったクセに」
「嫌いじゃないね」
 おもむろに井上が何かを取り出した。どうせイヤラしいことに使う何かだろうと思ったが、それはごく普通のテレビのリモコンだった。寝室の壁にビルトインされた大型モニタに向けてボタンを押すと電源が入った。更に操作すると、真っ黒の画面の隅に、再生の右矢印が表示される。
「何? エロいビデオでも観ようっての? そんなので別に興奮しないけど、私」
「……」
 しかし不敵な笑いや苦笑を浮かべるものだろうと思っていた井上が、表情を固くしてモニタに目を向けたままなのを不思議に思い、
「観たいってなら別にいいけど、なら、手――」
 一旦手を解くように言おうとすると、天井に備えられたスピーカーシステムから、
「ねぇ? ちゃんと撮ってる?」
 という声がクリアに聞こえてきた。画面には女が映っている。テレビや映画のように露光が調整されていない、いかにも家庭用ビデオで撮っている絵面だった。
「……なんでこんなの見てんの?」
 紅美子が驚いたのは、女に見覚えがあったからだ。銀座のイタリアンで井上に声をかけてきた女――、井上の二人目の妻だ。バンテージニットのタイトドレス姿。V字の襟元から胸の谷間をのぞかせている。体にフィットしたラインは緩みなく艶かしい。会ったとき以上に派手なメイクに、フープイヤリングが目立つ。
 井上は紅美子の問いに答えずに黙ったままだ。女はカメラを向けている男に話しかけながら、メガネの向こうの瞳は少女のように輝いてはしゃいでいた。
「ちょっと。聞いてる?」
「……黙って見ておけ」
「私、こんな女見たくないんだけど」
「……」
 意味不明な行動に腹が立った。とっとと時間を忘れるくらい、思う存分抱いてくれればそれでいいのだ。朝になったら最後の別れを告げて、徹の元へ駆け込んでいく。


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