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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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4.月は自ら光らない-3

 携帯灰皿をバッグに仕舞って、肩をブルッと一度震わせコートの前を閉じ合わせた紅美子は、顔を直撃してくる透明の風の流れを見ようとするように目を細めた。
「……次の日もアイツに会って抱かれたんだ。次の日も、その次も。……それってさ、私が自分で行ったの。お酒飲まされたわけじゃない。指輪も返してもらってた。でも私、自分で行った」
 紅美子は早田を振り返った。「ほらね、あんたは悪くないでしょ? コレ、もっと悪いヤツ他にいるじゃん」
「だから、もうよせ。……マネージャに関わるな」
「だって仕方ないじゃん!」
 紅美子は自嘲の笑いで風の中へ大声を上げた。「あの歳になのに、見た目? 世間一般的にもかなりイケてるでしょ? スタイルいいし、それに、お金も持ってる。……なんてったってさ、エッチがすっごく上手いの。愛人生活、絶賛満喫中ってやつ?」
「……」
「あんた、自分が悪いって思ってるなら、何とかしてくれるの? あんたのせいで、こんなドハマリしてんだけど」
「……じゃ、笹倉どうなっちゃうんだよ?」
「徹? ……さぁ? バレたらどうなるか想像つかない。……でも、きっとバレないって最近思えてきた。半年以上続いてんだよ? この状況」
「笹倉、きっとお前を信じきってるからだよ」
「そうね。徹と中学と高校一緒にいただけのあんたからそんな風に言われるくらいだから、きっとそうなんだと思う。……でも不思議。私がこんなこと始めたら、今まで以上に徹とすごくうまくいってる。ラブラブすぎてビックリしちゃうよ」
 井上に抱かれる呵責を溜め込み続け、次に徹に会った時に甘えた虚貌に変えて吐き出していくと、彼は一層紅美子を慈しみ、紅美子は洗い流されていく快楽に浸ることができた。ずっと紅美子を恭しく扱い、紅美子もそれを当然と思い、あるべき愛情の形だとすら思っていたのが、徹が恋人の貪婪な姿を求めて、それに紅美子が応えることによる性楽の深みは、確実に二人の恋情に精彩を与えていた。たとえそれが危うい土台に支えられているのだとしても、紅美子はもたらされる甘美な瞬間の前に身を縋らせずにはいられなかった。
「……お前たちの二十年って、そこまで強いもんなのか? そんなにムチャしたら壊れちまう」
 桜橋を渡り始めていた。橋梁の広い路面は平日の麗らかな日常の中でしっかりと両岸を渡来する人々を受け止めている。
「知らないよ。意識したこと無い」
 紅美子は自分で言って嘘だと思った。今はもう、意識したくないのだ。
「――俺にとっての輝かしい学生時代の一番の象徴はお前たちだよ」
「なに急にロマンチックになってんの?」
「だよな?」早田は一息吐いて笑い、「……子供の時からずっと一緒で、十年目で付き合って、十年後に結婚する。イイ話だよ、全く」
 橋の真ん中で早田は足を止め、言問橋の方を見やった。
「どうしたの? なんでそんな弱ってんの?」早田の横顔を見ながら、「世界を股にかけるエリートが」
「――いや、俺さ。バドゥル辞めんだ」
 紅美子は早田の横顔を見た。誰に対してか分からない笑みを浮かべている。
「……まさか私のせいなんて言わないでね?」
「言わねえよ」
 早田は頭を掻き、「長谷は関係ない。……今の仕事、実力主義ってのは、それはそうなんだけどさ、疲れちまった。自分が成果上げるために、何人露頭に迷わせたか分からねえよ。こんなつもりで世界レベルのデッカい会社に入ったわけじゃなかったんだけどなぁ……」
「きっと考えすぎ。わかんないけど、殆どはあんたのせいじゃないよ」
「……お前さっき罪悪感つったけど、そうかもしれない。今日、そんなつもりじゃなかったんだけどさ、きっと俺、マネージャとのことお前に許してもらって、少しでも気を軽くしたかったんだよ。ムシがいい話だ」
「私のは、あんたは悪くないって言ったじゃん」
「だからさ」
 早田は紅美子を真摯な表情で見た。「笹倉は壊さないでくれよ? ……あんなマジメで、お前のために全部を捧げてる奴が、裏切られるなんてあってほしくないんだ。俺の勝手な願望だけど」
「……おぼえとく。話はそれだけ? 行くね」
 向けた背中に、
「あともう一つだけ」
 と呼び止められた。「マネージャ……、井上さん、もうすぐ失脚すると思う」
「……」
「あの人、東洋ゼネラル・マネージャーっていうの狙ってたんだ。だから躍起になって色んな企業買収してた。日本はうまくやってるけど、中国で連続でコケてる。あっちは日本より厳しいんだ、いろいろと」
「……あいつが破滅するとこ見れるんだ。嬉しい」
 紅美子は早田に背を向けたままだった。
「井上さんは、お前にかなりイレこんでる」
 早田はまたデニムのポケットに両手を突っ込んで肩を竦めた。「たぶん遊びの女を巻き込んだりするような人じゃない思う。……だけど、あの人の浮気話、今まで色々聞いたことあるけど、お前のことを話す時だけは全然違う。お前に本気になってるかもしれない。距離を置いたほうがいい」
「ちなみにさ、あんたの上司は女をひっかけるときだけじゃなく、捨てるときも部下を使うの?」


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