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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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4.月は自ら光らない-2

「……今からどこ行くんだよ?」
 そのまま前を向いて問うてきた。
「だから、あんたに関係ないって言ってるじゃん」
「……マネージャんとこ、行くんだろ?」
 青信号に変わる。紅美子も早田も遅滞なく横断歩道を歩き始めた。暫く黙っていた紅美子は横断歩道を渡り終えたところで、
「そう。――やっぱ知ってたんだ。……そりゃ知ってるかー。アイツ、あんたに話してたりするんだろうね」
「まあな。ときどきだ」
 紅美子は進む先を見ながら苦笑した。
「あんたに何しゃべられてるかって想像すると、ゾッとする」
 早田は足を止め、住宅街へ折れて隅田川へ抜けていく細道を指さした。
「……風つえーからさ、言問橋から行くの歩きにくくね? 公園通ってこうぜ」
「気使っていただいてどうも」
 早田と横並びで住宅街を歩いて行く。ときどき自転車が通るが、車は殆どやってこない。この辺りは一方通行と、車幅ギリギリの細道が多く、しかも道が入り組んでいるので車があまり入って来ない。
「……笹倉、知ってんの?」
「バーカ」
 紅美子はふきだして笑った。「徹が知ってたら、今こうやって平和に歩いてるわけないじゃん」
「それもそうだな。……おバカな質問だった」
 言った後、暫く黙って何かを考えていた早田が、「なぁ、長谷」
 改まって紅美子に呼びかけてきた。
「なに?」
「……もう、やめとけ」
 それを聞いても紅美子は何も答えなかった。歩き慣れた地元の者でなければ絶対に方向が分からなくなるような、直角には交差しない細道を歩いて行く。
「長谷」
 ずっと黙っている紅美子に早田がもう一度言った。
「聞いてるよ」
 墨堤通りに出ると再び風に晒された。頭上の首都高を高速で駆け抜ける車音が聞こえる。
「せっかくの休みにそんなこと、言いにきたの?」
 団子屋の前の広い歩道に来ると、紅美子は身を少し縮ませて、「……公園から行くの失敗。ちょっと寒いんだけど。かえって風強いし。髪ボサボサんなる」
 隅田川で冷やされた風が堤防を越えて吹き込んで、二人をモロに叩いてきた。
「このままだと、大変なことになるよ、お前」
「……」
 風に文句を言っておきながら、紅美子は隅田川沿いの遊歩道に向かってブーツの底を階段に鳴らして昇っていった。公園へ続く遊歩道は、休日は人の姿が多いが、平日のこの時間では殆ど通行人は見られなかった。
「……何でそんなことあんたに言われなきゃなんないのよ。正義感?」
「違うよ」
「じゃ、何? ……そんな話すんなら、あんたの散歩はココで終わり。一人で駅に行く」
「長谷」
「大変なことになる、なんて分かってる。分からないくらい燃え上がってません。ご心配おかけしました。ありがとう」
 早田は長い溜息をついて、聞けよ、と言った。
 早田は尾形精機を訪れて紅美子たちを飲みに誘った時のことを全て話した。早田が紗友美を口説くことが目的ではなかったこと。井上が紅美子を狙っていたのが本当の目的であったこと。自分は井上に指示をされて紗友美を誘い、紅美子が一緒に来るように仕向けたこと。そして飲み会の間は紅美子の酒が進むように話題を煽り、井上の合図で紗友美を誘って場を後にしたこと。
 後悔や卑下を交えながら早田は話した。紅美子は腕組みをして立ったまま、隅田川を渡る船や鳥を眺めて聞いていた。
「……で? 謝りにきてくれたわけ?」
「ああ。土下座しようか?」
「いい。誰も見てないとこで土下座されてもつまんない」
 紅美子はバッグからシガレットケースと携帯灰皿を取り出して、一本咥えると火を点けた。怒りを鎮めるためではない。早田の話を聞いても、彼に対する怒りは全く湧いてこなかった。
「だいたい、いまさら何でそんな話をしにきたの?」
 煙を吐いてもすぐさま風がかき消していった。「罪悪感に耐えられなくなったの?」
「……。……ああ、そうかもな。俺が悪い。あんなことしなかったら良かったと思ってる」
 紅美子はタバコを吸ったまま、ゆっくりだが歩みを公園の方へ再開した。早田は紅美子の少し後ろを追いていく。
「意外。……あんた、そーいう弱っちいとこあんだ」
「お前が強すぎるんだよ」
「じゃ、安心させたげる」
 紅美子はまだ長く残るタバコを携帯灰皿に押し入れてパチンと蓋を閉めた。「あんたの罠にかかって、井上に犯されたときに、徹からもらった指輪取られた。次の日それを取り返しに行ったら、また抱かれた。……ここまではひょっとしたら、あんたのせいかな……。いや違うか。アイツのせいね。あんたはきっと悪くない」


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