4.月は自ら光らない-10
「……徹が家で仕事する時は、考えないとなー。ジャマにならないようにしなきゃ。徹が幻滅するような油断したカッコでいよう」
「……俺を幻滅させるのなんて、至難の業だよ」
「む」
紅美子は徹をもう一度睨んだ。「ジーンとしちゃうから、やめて。……仕事してよ、はやく」
「……」
「だからっ」
紅美子は台所のシンクの方を向き、買い物袋を殊更にガサガサいわせて中身を取り出す。「早く仕事終わらせて。……したくてたまんないから、はやく」
照れた表情を徹に見せられなくて、背中を向けたまま言った。
「うん、頑張る」
「今日はひつまむしです。うなぎ半分だけだけど。……ステキよね〜、うなぎが少しでもいっぱい食べられる。名古屋の人をホメてあげたい」
欲情を抑えるために大袈裟に言うと、クミちゃん好きだもんね、と言って徹が机の方に戻っていく気配がした。不意に寂しくなった紅美子はまな板の上にネギを置き、
「徹」
と呼びかけた。
「ん?」
「……はやく一緒に住みたいね」
結局井上は一ヶ月近くまで出張期間を延長して帰ってこなかった。その間ずっと連絡はなかったのに、帰ってくるや空港から電話をかけて紅美子を呼び出してきた。井上が不在の間、紅美子は栃木を二度訪れて徹と会い、濃密な時間を過ごしていた。だが井上の低い声を聞いた瞬間、体に走る期待感を否定できず、言われるままに足は神楽坂へ向かっていた。頭の中では早田の警告が響いていた。誰か羽交い締めにしてでも、神楽坂へ向かう自分を止めて欲しかった。日本橋で乗り換える行く手を阻んで欲しかった。しかし紅美子は井上に渡された鍵を使いマンションのエントランスをくぐり、会釈だけをしてくるコンシェルジュの前を何食わぬ顔で通り過ぎて部屋に入った。
部屋に入るなりまだスーツ姿の井上に抱きすくめられ、壁に押し付けられてキスをされた。唇の間に抵抗の呻きを漏らしても離してもらえなかった。舌で唇の中を解され、唾液にまみれながら口内をかき回されていくと、突き放そうとする手の力は弱まり、服の中では忽ち肢体が潤っていく。いつものことだ。
井上がコートを袖から抜きとることも端折って、中から覗くオフショルダーのニットワンピースから覗く肩に唇を這わせ、髭の擦れるもどかしさを肌に這わせ、荒々しく裾を捲って下腹部を露わにしてくる。下着が顔を見せてしまうと素脚をすり合わせたが、指は容易く足の付け根の三角の隙間に侵入し、柔らかな秘丘を指で圧して擦ってくる。媚肉の奥の疼きが止まらない。これもいつものことだった。いつもこうなってしまって、胸板を押し返そうとしてはずの手が、井上の首に回ってしまうのだ。
「僕が居ない間、徹くんの所に行ったんだろ?」
耳元から首筋を伝ってワンピースから覗く肩まで唇を這わせられ、口づけの痕を残されやすまいかという妖しい懸念に包まれる紅美子は井上の髪に爪を立てて抱き寄せ、
「行ったよ。二回も行っちゃった。誰かさんが呼び出したりしなきゃ、毎週でも行ける……」
小さな声で答えると、スカートの中に差し込まれている井上の指遣いが、より強くショーツを捩らせてくる。
「……そうか。たくさんしてもらえた?」
「……もちろん。……っ、……徹がずぅっ、と、離してくれないもん」
指先をショーツへ押し込んで、クリトリスを細やかに振動させてくると、紅美子は話している最中に息を詰まらせて、崩れ落ちないように井上にしがみついていた。開いた襟元の肌に感じる井上の息が、嫉妬に熱く潤い始めている。その息を肌に浴びていると、ショーツの奥にどんどん蜜に滲んでいった。
「徹くんは本当に君と同じ歳か? ……サルみたいな性欲が抑えられない、思春期みたいだ」
「ちがうよ」もう一方の手もワンピースの中に入れられ、バストまで捲られて鷲掴みにされつつ、「あんたんとの違いは、愛情の差なの。何回でも、……っ、……私としたいの、徹は。……、ずっと、してくれる」
紅美子は顔を伏せてキスを這わせている井上の眼が見られない焦燥に、徹を引き合いにした。徹の恋慕を穢す思いに苛まれながらも、そう言うことで井上の炎を燃え立たせさせずにはいられなかった。
「徹くんとして何回イッた?」
「……っ、数えきれないくらい、気持ちよかった」
「僕とするときよりも、たくさん?」
「……んあっ……! そ、そうだよ」
井上の指がブラの上から硬くなった乳首を強く摘み潰してくる。
「それはウソだ」
「ウソじゃないっ……、あんたなんかより、ずっと気持ちいいっ」
「じゃ、わからせてやるよ」
井上が強く指先を押し込み、敏感になった雛突を下着ごと弄ってくると、紅美子は中が激しく蠕動しているのが自分でも分かるほど、クロッチに向かって雫をこぼした。 「……っく、ちょ、ちょっと。……ニット伸びるからやめて。……せめて脱がせてから、やったら?」