奸計1-2
「おっ、すげーなこれ。まじかよ。どこに売ってるんだよ」
見るからに精巧な作りであることがわかる。
「いやー、それほどでもないですから」
石橋は頭をかいた。照れているのだ。
「なあ、俺にも買ってくれないか。いくらするんだ?」
金額を聞くと「ゲッ」と呻いた。「そんな高いのか。すごいな石橋君」と感嘆の声をあげた。そうすると石橋はうれしそうに話し始めた。奈津子に似ているものをインターネットで必死で探したらしい。顔の似ているものと、体つきの似ているものが最終候補に残った。結局、体つきの似ているダッチワイフをアダルトショップまで取りに行った。
「君に脱帽です。僕が尊敬するのはそういった部分です。独りもんのお手本です君は」
うれしそうにしている石橋をよそに、体つきが奈津子に似ているというダッチワイフの画像をのぞき込み、下半身が疼いた。
「下村秘書似のやつ、あったら買って欲しいのですが」
石橋の顔を覗き込む。
「面倒くさいですね。まあでも、何とか探してみましょう」
まんざらでもなさそうな顔だ。奈津子似を探すときに、ついでに探したのかもしれない。へそ曲げられると困るので言わなかった。
「ありがとう、石橋君。できれば顔もだけど、体優先でいいですので。買う前に写真見せてね」
「へーい、承知」
石橋は軽快に答えて、手のひらを見せた。
「後日お支払いします。ローンじゃだめ?」
「だめ」
「はい」
出費は痛いが下村秘書似のダッチワイフがあれば毎日がばら色だ。会社にも家にも下村秘書がいるのだ。考えるだけでわくわくする。楽しいことがこんなに起こってもいいのだろうか。不幸な人のことも考えてやらねばバチが当たると思い、とりあえず佐伯の家族のことを考えた。
「なあ、そういえば、佐伯のところに娘がいるよな。見たことあるのか」
「ありますよっ。ありますっ」
石橋は姿勢を正して体ごとくるっと向けてきたので、仰け反った。
「……で、どんな感じの娘だ? 佐伯に似て不細工か? たしかメグミだっけ」
沼田はうんざりしながら聞き返す。
「何てことを! バチが当たりますよ、バチが。進藤さんのご令嬢ですよ。断じて佐伯など関係ない!」
「あーったよ、あーったから」佐伯は関係あるだろう、と小声で言ったが興奮している石橋には聞こえていない。
「もんのすごい美少女ですから。もんのすごいですから。さすがに進藤さんです」
石橋はうっとりした顔で言う。
「美少女だと? 本当か?」
「本当ですから!」
「じゃ証拠は?」
石橋はうーんとうなって「うちに帰ればビデオがあるのですが」と言ってケータイをいじりだした。「何だよ、やっぱり他にビデオがあるんじゃねえか。家の前で撮ったやつか?」と、文句を言いつつ確認したが石橋はケータイに集中していて聞いてない。
やがて「ないなぁ、でもこれ」と言って自慢げに画面を見せた。
「何だこれ有名な女優じゃねえか」
「ですから、これ以上の美形だと言っているのです」
沼田は「えっ」と驚き、もう一度画面を覗き込んだ。
「これ以上? 本当に?」
「もちろんです。今まで僕が嘘を言いましたか」
「うーん、難しい質問だな」
「どういう意味ですか?」
「いや、言ってないという意味です、だいたいは、はい」
もっと美形のアイドルの写真を見せて「これ以上です。圧倒的に」と胸を張った。真に受けたわけではないが、それなりの美形だろうとは思った。ただし、この年なると若い子はみんなかわいく見えてしまう。石橋はまだケータイをいじっている。
「何だよケータイばっか見て。美形はわかったからよ、ほら飲もうぜ。もっとしゃべろうぜ。でないと割り勘にするぞ」と言うと、石橋は顔をあげて「ありました、ご令嬢です」と胸を張った。
「どこかにあったと思ったのです。写真がいっぱいあるので。あーよかった」
目の前に差し出された画面を見て衝撃を受けた。
「芸能人どころじゃねえよ。それ以上だぜ。これが佐伯の娘かよ。驚いたぜ」
食い入るようにケータイを見つめた。
「そういえば、前に岩井代議士と会ったって言ったろう。たしか女子高生の話をしているときに、岩井が『女の好みは年とともに変化する』どうのこうの言っていたんだ。そのときの岩井の顔……」
何気なく言った自分の言葉に慄然とした。
「顔がどうしたのです?」
もう石橋の声は耳に入らなかった。