3.広がる沙漠-1
3.広がる沙漠
或る映画で共演した若手男優と女優が結婚する。朝の情報番組でも「ビッグカップル」と殊更に強調してその話題で持ちきりだった。結婚式はハワイで行うという。既にレポーターが現地のチャペルを取材し、女優が問い合わせをしたというウエディングドレスのデザイン元まで突き止めていた。
「――そういえば長谷さんは結婚式どこでやるんですか?」
雑談をしていると、ふと紗友美が紅美子に問うた。
「え? ……別に式はしなくてもいいかな、って思ってる」
紅美子の言葉に紗友美は大声を上げて椅子を蹴った。
「えーっ!!」
「なんで立つの?」
信じられない、と紗友美は紅美子のことを珍奇なモノを見るように眺めた。
「ドレス着ないんですか!?」
「式しないんなら、着ることもないでしょ?」
すると紗友美は正面から紅美子の傍まで急いでやって来て、紅美子の左手のマウスに手を置いた。
「ちょっと。ジャマ――」
「長谷さん。一生に一度ですよ?」
紗友美が真摯な目で紅美子を見つめてくる。
「一生に一度じゃない人も多いよ?」
「そんなことありません!」紗友美は左手の薬指のリングに指を添えて、「徹さんがいるかぎり、長谷さんに二度目はありえません!」
紅美子は大真面目な紗友美の顔を見て笑った。
「なんで光本さんが決めるの」
「えー、着ましょうよぉ。女の一世一代の晴れ姿ですよ。きっと徹さんも長谷さんのドレス姿見たいと思います」
「だろうね」
徹は絶対自分のドレス姿を見たがるだろうと思ったから、ごく自然に言ってしまって、しまった、と紗友美の方を見ると、既にニヤニヤしていたので諦めた。「……そりゃ、見たがるよ。私にベタボレだから」
「あー、ムカつくー。最近長谷さんが普通にノロケるからつまんない!」
「光本さん、私を何だと思ってるの? ほら、席戻って」
しっ、しっと紅美子が手の甲を振って追い払うと、自席に戻っていった紗友美はひざ掛けを畳み直して口を尖らせている。何故かガッカリしている紗友美を見ていると、紅美子は不思議と心が和み、
「……徹はともかく、向こうの両親と、ウチの親のためにはしたほうがいいんじゃないかって思うんだけどね。特にウチ、母子家庭だから、母親には見せてやりたいかな。……ママも結婚式できなかったから」
と言った。
「そうですよ。……なんでしないんですか?」
「結婚式とか披露宴って招待状出したり、ご祝儀の計算して引き出物とかお祝い返ししたり、結構大変じゃん? お金もすごくかかるし。呼ぶ人もさー、人数とか本人との関係とかバランス考えたりとか……、で、結婚式のご飯って大抵そんなに美味しくない。そういう事にお金使うのもったいない、って思っちゃうんだよね。それなら、新居の家具とかにお金使いたい。……ごめん、私、ケチなんだ」
紅美子はそう言って自分で笑った。
「結婚式だけすればいいじゃないですか」
「するって言っても、その辺でできるわけでもないでしょー……?」
キーボードを叩きながら画面から目を離さず紅美子が言うと、
「バカですか? 長谷さんは」
と聞こえてきて指が止まった。……ん? バカっつった、今?
「……え、なに?」
「今はですね、プチ・ウエディングってだけでも結構いろいろあるんですっ。家族友達だけとかもできますし、フルセット入ってるプランもあれば、教会を借りる、衣装だけ借りるっていうプランとか色々あります。少子化進んでカップル自体も少ないですし、結婚しない人も増えてますしで、ウエディング業界は競争が激しくなって、今はコスト的にも客側が断然有利になってるんです。そんな高くなくても、いい結婚式はできるはずです」
「……そ、そうなんだ」
バカと言われたことを糾弾する前に、紗友美の講釈に圧倒されて、紅美子は返事だけを返した。
「探してきます」
「は?」
「長谷さんに任せておいたら大変なことになるってことが分かりました。私が色々探してきます」
「え、いや、別にいいよ」
「探してきますっ。……長谷さんもパンフレットとか見たら心揺らぎますよ、きっと。女の子ですもの」
紗友美に女の子と言われて失笑したが、「……長谷さんが渋ったら、徹さんのところに持ってきます」
「やめてよ」