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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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2.湿りの海-16

「……可哀想に。会ってやればいいのに」
 井上の表情が変わらないのが気に入らない。紅美子は携帯をサイドテーブルに置きながら、
「いいの。生理になるって言ったでしょ?」
 と遂に紅美子から視線を外してしまった。
「生理でもできないわけじゃない。じゃなくても口か手でしてやったら悦ぶだろ? ……そもそも、生理が予定通り来なければ、そんな心配もない」
「来るし。……あ、でももし来なかったら、あんたが慌てるとこ見れる?」
「そうだな。そうなったら、僕は大変だ」
 大変だ、と言うわりには、笑っている。
「私にデキたらどうするつもり?」
「そりゃ、責任取るさ」
「責任? は? 何しようっての?」
「もしそうなったら、君がしたいようにさせてやる、ってことさ」
「……そうね」
 紅美子は立ち上がった。帰ろう。シガレットケースと携帯を持ち、バッグの方へ歩みを向けながら、「じゃ、もしデキたら私の胎、思いっきり蹴って」
「おいおい、とんでも無いこと言うね。子供を持つ身としては聞いてられないな」
 紅美子は髪を揺すって振り返った。
「子供いんの!? あんた」
「言っただろ? 結婚してるって」
「三回ね。っていうか、あんたみたいなのが父親だなんて子供が可哀想」
「三回結婚したとは言ったが、三回離婚してるとは言ってないだろ? 今の妻は心が広いからね。前の妻の子たちと仲良く平和に暮らしてるさ」
「……あ、そ。じゃ、あんたが留守の間に家に行ってあげる」紅美子は冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出して栓を捻り、「『おたくのダンナにレイプされたんですけど』って。さすがに奥さん相手なら、いいわけも厳しいでしょ?」
「いいね、君はそういうの、似合いそうだ」
「何ソレ」
 紅美子は一口水を飲んで、「そんなの似合うって、最悪なんだけど」
「ま、妻に言いたきゃ言ってもいいが。……言いに行くのも大変だぞ?」井上は両手を広げて、「そんなことのために、わざわざドバイまで行くのか?」
「……だから日本でこんな好き勝手してんだ」
 紅美子はミネラルウォーターを置くと、ベッドに散らばっている自分の衣服を目で探し始めた。井上に脱がされては放り投げられた着衣が、本当に好き勝手されたことを物語っていた。シーツの上の捩れているショーツを拾い上げる。薄布は重く感じられるほどにしっとりと湿っていた。
「生理だからあんたともしないわよ?」
 それにもう一度脚を通す羞恥をごまかそうとして、井上を見ずに言った。
「そうか、カレシの誘いを断ったのは、明日も会うつもりでいてくれた?」
「バッカじゃない?」
 ショーツを両手で広げて片脚を上げようとしていたが、井上の言葉に思わず身を上げて睨みつけてしまう。
「残念だけど、明日夕方の便でドバイに戻る」
「……そ。よかった」
 渾身の力で笑顔を作って向けた。「じゃ、あんたから私、解放されるんだ」
「束縛した覚えはないけどね」
 厚顔無恥なその表情に、紅美子はショーツをギュッと握り、
「あんたと話してたらイライラする。帰るし。元気でね」
 もう一度ショーツを履こうとした。
「――おい」
「何よ?」
 顔を上げると、一瞬の間にこちらを見る井上の眼に妖美の色が宿されていた。それを見るや否や、紅美子の背中にブルッと寒気がする。
「こっちに来い」
「……イヤよ」
 そう言うが、かといってショーツに脚をくぐらせることもできない。じっと井上の瞳に見据えられていた。
「来い」
「……」
「紅美子。早く」
 低い声が初めて自分の名を呼んだ瞬間、紅美子は心臓を絞り上げられたような痛みと同時に、体の奥から熱い蜜が垂れ落ちてきた。行ってはいけない。だが紅美子は身を起こして、ショーツを足元に落とすと、
「馴れ馴れしく呼ばないで」
 と言って一歩を井上の方へ踏み出していた。
「何? じゃ、僕もクミちゃんって呼んだほうがいいか?」
「ふざけないで」
「じゃ、早く来いよ、紅美子」


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