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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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2.湿りの海-14

 着信が切れると、紅美子は緩慢な動作で横座りに身を起こした。まだ井上の欲望の痕が流れ出してくる。手を伸ばして枕元のティッシュを取ると、脚の間を拭い、丸めてシーツの上に投げた。ベッドから長い脚を下ろして立ち上がると、バッグの方に向かいつつ途中に畳んで結われていたガウンを紐解いて身に羽織った。長い髪をかきあげて井上の方を向き、
「お酒?」
 と問う。
「いや、ただのソーダだ。……アルコールもある。どれにする?」
「お酒はやめたの」
 バッグからシガレットケースを取り出し、タバコを咥えると火を点けた。長い息で煙を吐き出す。「あんたのせいよ」
「それが賢明だ。……僕みたいなのが世界に一人だけと思わないほうがいい。ちなみに……、この部屋は禁煙だって昨日も言ったろ?」
「謝っておいて」
 部屋に来た時井上が飲んでいたワイングラスの縁にタバコを叩きながら、紅美子は窓際に向かっていった。ベッドの上で着信を報せている携帯を途中で拾い上げる。大きな窓の前に置かれた一人がけのソファに座ると、サイドテーブルにグラスを置き脚を組んだ。ロックを解いて画面を表示させる。さっきの着信の他に、徹からメッセージも届いていた。
 残業してるの、仕事のジャマしないで……。
 窓の外のライトアップされた東京駅の復元駅舎を眺めた。タクシーの車列のライトが並び、その近くの広場では、建物をバックに写真を取っている人々がいる。頭痛がしてきた。昨日も、一昨日もそうだ。井上に抱かれた後は、こめかみ辺りを鈍痛が襲ってくる。生理のときのものとは少し違った、混沌とした薄闇が頭の中に垂れこんでくる感じだ。何度も瞼を動かさなければ引き込まれ、この世のものでは無くなりそうなほどの深淵が向こう側に広がってくる。
「マメだな。君のカレシは」
 視線を東京駅の景色からガラスに映り込んだ部屋に移すと、井上がソファの背もたれに手をかけてすぐ後ろに立っていた。
「覗かないでよ」
 紅美子は画面を消し、タバコをジュッとワイングラスに沈めた。
「かけてやれよ、可哀想だろ」
「何言ってんの?」窓ガラスの中の井上を睨みつけた。「するわけないでしょ」
「僕のことなら気にせず、ゆっくり話したらいい」
「……どうせ徹と話してる時に変なコトするんでしょ? 変態エロオヤジの魂胆なんて見え見え」
 そう言うと井上は笑って、全裸のまま紅美子の対面のソファに座った。
「してみたいけど、君が感じすぎてすぐバレてしまうだろ?」
「じゃ、何で電話なんかかけさせようとするのよ」
「そりゃ、君が徹くんのモノのほうが、嬉しいからさ」
 井上は飄々とした表情で、ペリエを一口飲む。「君に十年来……、いや、二十年来のカレシがいるほうが、君を抱く時燃える。仲が良ければなおさらだ」
 苛立った。井上がまた自分を嘲笑している。
「変態ね。私のことを欲しい欲しいって言ってるクセに」
「欲しいさ。人のものだからね」
「……バカにしてんのっ!?」
 紅美子は声を荒らげた。だが刹那に、何故こんなに憤ってしまうのか不思議でならなかった。徹は自分の大事な恋人だ。その徹のものであり続けていい、と言われて、何故こんなに苛立っているのだ。
「いい顔になってきたよ」井上はペリエの瓶をコトンと音を立ててサイドテーブルに置き、肘を足の上に付いて両手を組み、顎を乗せた座り方に変えた。「電話してみてくれ」
 目にあの妖しい光が灯り始めている。
「……目の前でイチャつかれたら、中年男が嫉妬して、可哀想でしょ」
「ぜひ嫉妬させてくれ」
 光が強まって刺してくる。携帯のボタンを押した。指が震えている。
 その眼――。
 そこまで聞きたいというなら、聞いていればいい。徹の着信の折り返しボタンを押すと、頭を揺すり、髪を背に退けて耳に押し当てた。着信音が聞こえる。
「もしもしっ、クミちゃんっ?」
 一度目の呼び出しですぐに繋がった。たった四日なのに久しぶりに徹の声を聞いた気がする。声の様子から、歓喜に目を輝かせながら、上気した表情で電話を持っている徹の姿が容易に思い浮かべられた。
「私だよ。そりゃそうだよ。私からかけてんだもん」
 声が普通に出せるかどうか疑われたが、徹の声に和まされてスムーズに発することができた。「なんか、徹からすっごい着信入ってたんだけど……。どうしたの?」
「ううん、ご、ごめん……。仕事中に」
 紅美子は徹がしょげる声に胸に刺す痛みを感じながら、
「……いいけど、別に。もう私しかいないし。もうすぐ帰るつもりだし」
 と言った。
「うん……」
「どうしたの?」
「……」
 沈黙が続く。徹は紅美子に対して黙ってしまう時は、いつも自分の気持ちを通したい時だ。自分の申し出が紅美子の癇癪に触れるのが怖いのだ。
「なーに? もうっ……。言わなきゃ切るよ?」
「クミちゃん……」


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