1.違う空を見ている-3
「……クミちゃん」
徹が灰皿を紅美子の前に差し出した。気がつけば指に挟んでいたタバコは総身を大きな灰に変えて燃え尽きていた。吸い殻をポンと灰皿の中へ投げ入れる。それをテーブルに置いた徹は、再度両手が使えるようになって、紅美子の背と脚を持って、膝を折るまでに抱き寄せた。
「何よ、もう……。窮屈」
キスを邪魔された徹が焦れているのが分かる。だからわざと嫌そうな言葉をかけると、その焦燥が更に色濃くなって楽しい。膝から手を離した徹が紅美子の頬に手を添えてくる。
「しようよ。焦らさないでよ」
「んー……」
額を擦りつけ合って至近距離で見つめ合うが、紅美子が渋った表情を見せる。あと少し、顎を突き出せば唇が触れるのに、徹は震えながら待っていた。見つめ合ったまま、時計の秒針の音だけが聞こえてくる。
「……よしよし。ちゃんとガマンできるんだね、徹」
数分も待たせて漸く紅美子が唇を吸い始めると、徹は待ち焦がれた紅美子の感触に情操が崩れて鼻から息を激しく漏らしながら紅美子の唇へ舌を絡めてきた。
「……つっても、長いよっ」
待たせた以上のキスを続けられて、紅美子が糸を引いて唇を離した。だが徹はそれを追いかけてもう一度唇を押し付けてくる。もうっ、と呆れた溜息を漏らしながら紅美子は両手を徹の首に回していた。
「いつまでキスしてんの?」
「ずっとしてたい」
「唇腫れるよ。……っていうか、そんなコト、言ってるくせに……」紅美子は首に掴まったまま少しお尻を揺らしてみせた。「かたくなりすぎ」
紅美子のヒップは、キスの間に徹の股間で尖頭が硬変していくのが感じとっていた。
「だって、ずっとクミちゃんとこうしたかったんだから」
「ほんと? 風俗とか行ったりしてたんじゃないの? こっちにも在るでしょ」
「いかないよ、そんなとこ」
「……そうだよね。歓迎会でキャバクラ行く時ですら、『これから行きます』メッセージ送ってくるくらいだしね」
膝を使って更に大きくヒップを揺すって擦りつけてやる。「じゃ、私と会えなくなってからどうしてんの?」
「もちろん、自分で……」
「ふーん。ほんと?」
「本当だよ!」
紅美子が繰り返す疑いの言葉に、徹が少しムキになってきた。あまりイジるとスネてしまう。紅美子は首に回した腕を締めて徹の頬に唇を押し付けて囁く。
「私とこういうことしてるところ想像して、してんでしょー……?」
「うん」
即答に驚いて、唇を離すと徹の瞳を見た。
「……エッチな動画見てないの?」
「うん」徹はずっと服の上から紅美子の背中を撫でまわしていた。「クミちゃんとする時のこと想像して、してる」
潤んだ瞳に嘘はなかった。紅美子は身を捩って徹の太ももの上から降りると、ソファに膝立ちになって徹を跨いだ。両肩に手を掛けて見下ろす。細く滑らかな長い髪が徹の頬にかかる。その擽る感触にすらも恍惚となる徹の貌を見ていると、開いた膝の間が疼いてきた。
「徹、こういうカッコ好きでしょ?」
真っ白のミニ丈のニットワンピース。太ももが半分以上見えている裾から、黒い花模様のストッキングに包まれた美脚が伸びている。ストッキングと素脚の肌との境が、座ったり、今のように膝を広げるとスカートの裾から覗き見えた。
「うん……。でも、イヤだ」
「ん?」
「着て来てくれて嬉しいよ。でも……、その姿、他のヤツにも見られるのはイヤだ」
東京まで迎えに来て一緒に行く、と言うのを、そんな無駄なことしないの、と断ったが、やっと徹の意図がわかった。
「電車の中でいっぱい見られたよ。オトコたちに。みーんな見てくんの」
妖しい光を瞳に宿らせて身を屈めると、大きく開いた襟元から覗き見えるバストの谷間を徹の視界に入れてやる。美しい肌の起伏を見た徹の、嫉妬と色欲に苦しんでいる表情が更に紅美子を疼かせた。
「クミちゃん、やめてよ。そんなこと言うの」
徹は正面に聳え立つ紅美子のウエストラインを両手で狂おしく摩った。ストレッチを活かして体にフィットするニットワンピースは、紅美子のスタイルを艶かしく浮かび上がらせている。それを見ているだけでも興奮が掻き立てられる上に、それを不特定多数の男に見られた悋気に苛まれている。
「私のこと見せびらかす、くらいになってよ」
紅美子は徹を見下ろしたまま両手でワンピースの裾を掴むと、一気に頭の先から脱ぎ捨てた。左右に首を振って髪を払うと、もともと挑発的な視線に妖しさが増す。ワンピースの下は黒いオフショルダーのストラップレスブラと、サイドが紐になって下腹部がシースルーになっているTバック姿で、さらに脚に飾られた黒のストッキングが紅美子の並外れたスタイルの良さを怖ろしいほどに強調していた。「ここまでのカッコ、徹しか知らないんだからね?」