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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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1.違う空を見ている-2

 片手でポケットを探って携帯を取り出すと、あ、と言って画面を紅美子に見せた。「お母さんだ」
 画面には徹の母親の名前が表示されている。
「出なよ。なおさら」
 紅美子を支えたままの片手では応答のスワイプができない徹のために、タバコを持った手で着信バーを動かしてやる。
「もしもし」
 徹が話すや否や、電話の向こうから紅美子にまで聞こえる声が届いてきた。
「あ、徹ちゃん? 久しぶり! オバチャンよ、オバチャン!」
 えっ、と紅美子のほうが聞こえてきた声に眉を顰める。
「あ、こんばんは、お久しぶりです」
「久しぶりねぇ、元気?」
「はい、元気です。クミちゃんのお母さんも元気ですか?」
「元気よぉっ。……ねぇ、徹ちゃん。クミ、ちゃんと来てる?」
 徹は紅美子へ目線を向けて、「あ、はい、隣にいますよ。……代わりますか?」
 紅美子は徹の言葉に、いい、いい、と細かく首振って、本当に嫌そうな顔をした。
「あ、別にいいわよぉ。あの子が本当に来てるか心配だったの。気分屋の変な子だからねぇ……、急に『行かない』なんて言い出しかねないから」
 確かに徹にも身に覚えがあった。デートの時にも、雨が降ってきた、髪が整わず気に入らない、やっぱり遠い、そんな理由でドタキャンをされたことは数え切れないほどある。その度に徹は紅美子の家に迎えに行ったり、行き先を変更したりする羽目になった。
「大丈夫です。ちゃんと来てます」
「フィアンセのところに会いに行くならそう言えばいいのに、もぉっ、あの子ったら……。――ほほ、フィアンセ、ですって。徹ちゃんがフィアンセ。オバチャン、幸せよぉ。あ、今ね、徹ちゃんのお母さんが、レンコン、わざわざ店までお裾分けにきてくれたのよ。そしたらクミが徹ちゃんの所に会いに行ってる、って言うじゃない? もー、そんなのオバチャン、ぜんっぜん知らなくってね……、それでね……、あーっ!!」
 一方的に話してくる紅美子の母親の話をニコやかに聞いていた徹だったが、急な叫び声にビックリして、
「え、なんですか?」
 と紅美子と顔を合わせた。
「ほほ……。おほほ……。……も、もしかして、クミと、コレカラ、ってところだった? ごめんねぇ、オバチャン空気読まなくって」
 まるでどこかから見ているかのようだったので、徹が笑い声だけを聞かせると、
「徹ちゃん、水差してごめんねぇ。クミってね、……あ、徹ちゃんも、知ってるとは思うんだけどね、心はアレなんだけど、体だけはスゴいからね、もぉ、徹ちゃんの好きなようにしちゃっていいから」
「あ、いや。お母さん、俺はクミちゃんの心も大好きです」
 母親に向かって真顔で言う徹を黙らせようと、紅美子は手を伸ばして頬を抑えた。その間にも紅美子の母親の声が流れてくる。
「まあっ、もぉ、オバチャン泣いちゃいそうよぉ。あのね、そんな来年とかまで待つ必要ないからね。徹ちゃん。したくなったらいつでもどうぞ。徹ちゃんさえ望めば、我慢しなくてもいいの。赤ちゃんデキちゃっても、オバチャン、責任持って……」
「やめて、ママ!」
 紅美子は電話を引ったくって叫んで切った。切る直前に遠くから「ダメよ、徹。クミちゃんを泣かしたら――」と徹の母親の声が聞こえてきた。
「……ママに向かって何言ってんの?」
 電話を徹の胸に押し当てるように返しながら、紅美子は睨みつけた。
「だって、本当だから」
「『心も』って何? 『も』って。私のカラダ好きですって言ってるようなものでしょ?」
「うん」
「私のママに向かって? 自分のお母さんもいる前で?」
 どうやら徹は素で、本気でそう伝えたかったらしい。「何かおかしなことでも?」という顔をして、特に自分の言った言葉の意味に気づいて恥じ入る様子もない。そんな徹を見ていると自分のほうばかりが焦っているのが馬鹿らしくなってくる。
「だって、もうすぐ俺のお母さんにもなるんだから」
 徹が両親を連れてすぐ隣の紅美子の家へ行き、紅美子と結婚したい旨を三人で頭を下げて伝えると、紅美子の母親は声を聞いた向かいの家の住人が何事かと外に出てくるほど大号泣した。徹の父も母もスーツで正装して、どうか息子に紅美子さんを、ともう一度頭を下げた。普段から懇意にしてもらっているこの優しい家族の仲間に迎え入れてくれる、と言われているようで、紅美子の母親の喜びと感謝が大爆発したのだ。
「……親思いなんだね。優等生の発言すぎてつまんない」
「クミちゃんのお母さん、元気そうだね」
「まだこんな時間なのに、もう酔っ払ってんのかと思ったよ」
 紅美子の母親は鐘ヶ淵に小さなスナックを持っている。今も店を出てすぐから掛けてきていたのか、遠くにカラオケの音楽が聞こえた。店の中だと音量が大きくて電話もできないほどだったろう。連夜満員御礼というわけにはいかないが、常連客も付き、開業時の借金を地道に返していっている。紅美子は店の仕込みなどを手伝ったことはあっても、開店後の接客をやったことは一度もなかった。徹が嫌がって、紅美子の母親に、頼むから紅美子に接客をさせないでくれ、それがたとえ客であっても他の男と話をして欲しくない、と言ったからだ。中学から二人が付き合っていることを知っていたし、紅美子の母親は徹を非常に好いていたから、言うとおりに一度も娘を開店後のカウンターの中に立たせたことは無かった。


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