その(5)-2
旅行から戻って三日後のことである。勤務中に結衣からメールがきた。初めてのことである。
『しばらく来ないで。また連絡します』
旅館ではチェックアウト直前にもセックスをした。帰ってからも彼女のことが頭を離れなかった。三日会わなかったのは亜希子に疑念を持たれることを用心したのである。
結衣を想うと仕事中でも股間が疼いた。体も心も思春期に戻ったようだった。
三日は限界だ。今日あたり行こうと思っていたのである。
(どうしたのだろう?……)
わざわざメールをよこすのは緊急性があるからだろう。不穏なものを感じた。
いや、ただ単に留守をする用事ができただけかもしれない。そろそろ訪ねて来る頃と判断して気を回してくれたのかもしれない。
(しかし、どこへ行くんだろう……)
病院へは昼間行くだろうし、夜出かけると田之倉がうるさいと言っていた。
(父親の容体が悪化したのか?)
それならわかる。……わかるが、そうなら言ってくれればいい。……
その夜、亜希子から気になる話を聞いた。
「昨日のお昼過ぎかしら。お隣、すごかったの」
いつもの噂話の口ぶりだが、『お隣』となれば聞き流すことはできない。テレビを観ながら関心のなさそうな口ぶりで、
「隣って、田之倉さん?」
「そう。怖くなっちゃった」
「怖くなった?どうしたの?」
「だって、奥さんの悲鳴がきこえたのよ」
「悲鳴?」
「ご主人にぶたれてる音がした」
「ほんとうか?」
「あたし、ベランダに出て聞いたの。ぴたんぴたんって。奥さん何度も謝ってたわ。泣きながら」
小山内は亜希子とは目を合わさずに黙り込んだ。
(何があったのだろう……)
不安が広がった。些細なことで怒ることがあると聞いてはいたが、どうも尋常ではなさそうであった。
(口応えをするような女ではない)
それなのに何度も泣いて謝っていた。……まさか……。
家庭内のことはわからない。小山内が思い当たるといえば、旅行しかない。
(ばれたのか?……)
たぶんそれはないと思い、自分に言い聞かせた。
慎重に行動したつもりだった。行き帰りも別行動にしたし、旅館からは一歩も外へでなかった。タクシーさえ別にしたのである。
(ならば……)
考えてもわかるはずもなく、しばらく来ないでとメールがあったが確認せずにはいられないと思った。
その夜、不思議な昂ぶりが起こった。先に休んでいた亜希子の寝乱れて覗いた太ももを見て急激な欲情を催した。瞬く間に勃起した。
妻はいつも下着だけで寝る。肉付きのよいふくよかな丸い尻をそっと撫でると亜希子が目を開けた。
「なに?」
小山内は下着に手をかけた。
「どうしたの?」
「いいだろう」
「疲れてるんじゃないの?」
彼は何も言わず、剥き出しになった下半身にむしゃぶりついた。
「あう……」
いきなり亀裂を舐め、淫臭を吸い込んだ。何度も嗅いだ妻のにおいだが、小山内の頭には呼び込んだ結衣のにおいが広がった。結衣への想いと不安定に揺らぐ心が拠り所を求めていた。
(結衣!)
心で叫び、漲った肉を埋め込んだ。
「うう!」
呻いて体をよじる亜希子に結衣を重ね、激しく打ち付けた。
「あなた、気をつけてよ。先に着けて」
亜希子はコンドームを促したが、かまわずのしかかっていった。
「子供はいやよ」
結衣はそんなことは言わない。いつでも彼の渾身の迸りを生で受けてくれた。
ゆっさゆっさとベッドが揺れる。
「外に出してよ、外よ」
(知るものか)
がっしりと抱え込んだ妻の体は『結衣』となって密着した。
(結衣!)
歓喜の突き上げが頂点で跳躍した。
「う!」
「あう……」
小山内の体の硬直と微かな微動で射精したのは亜希子にもわかっただろう。
だが、あまりの力強さに圧倒されたのか、亜希子は抵抗せずに脱力に至った。
シャワーを浴びていると亜希子が無表情な顔で入ってきた。セックスを堪能した艶やかさは微塵もなく、気だるさと不機嫌さが眉間に表われていた。入れ替わりに浴室を出ようとする小山内に、
「どうしちゃったの?今日はたぶん安全日だけど……」
それだけ言って背を向けた。
結衣を想い浮かべて昂奮したにもかかわらず射精した体は後悔の重さを感じていた。
(明日の朝会えれば様子がわかるかもしれない……)
浴室の扉の開く音がして、小山内は横向きになって目を閉じた。