不感-3
僕のデスクには、そうなることを望んだ結果が積み重ねられていた。
苦渋にまみれたため息を吐いて、悪くないと思った。
「家庭がうまくいってない男は仕事に逃げる」
突然後ろから聞こえた声に驚いて、声の主を探した。
同期の清水が、僕の後ろに立っていた。
「何だ、それ?」
睡眠不足で瞼が重たかった。そのだらし無い目で力無く見ながら、彼女に聞いた。
清水はくすりと笑い、後ろから僕の右肩に自分の右手を置いた。
「本に書いてあったの。どうなんだろうって思ってたけど、あながち外れてないみたいね」
僕は肩に置かれた手を振りほどくでもなく、パソコンに数字を打ち込んだ。
作業を続けながら、「仕事に逃げる、ね」と彼女の言ったことを確認するように呟いた。
世の男がどうなのか、僕は知らない。家庭に何らかの問題を抱えている亭主の物語を幾つか想像してみた。それらはありがちな話に思えた。
でも、僕はどうだろうか。今の僕は、仕事に逃げているが、その原因は家庭ではない。
問題は僕自身にある。
そう。あの写真について、受け止め方を間違えた、僕のせいだった。
「僕がうまくいってないって?まさか」
僕は気を紛らわすために強がってみた。
ごまかすために鼻で笑って、そうした自分が滑稽で、口からも笑いが漏れた。
「そう?じゃあ、勘違いか。」
「そう。勘違いだよ」
勘違い。
本当に、自身を持ってそう言えたらどんなに気が楽だろうか。
僕はため息を吐き出して、整理し終わった書類の束を左から右へと移動させた。
明日に回しても支障のない仕事ばかりをしていると、首筋の疲れを意識してしまう。
「ねえ」
清水はやけに静かに言った。
「うん?」
僕は肩を軽く揉みほぐしながら、呆れるほど眠たそうな声を出した。
「久々に、飲みに行かない?」
清水はゆっくりとそう言った。
窓の外を見て、その暗闇に腕時計の長針と短針を当てはめてみた。
深夜1時を20分も過ぎていた。
「こんな時間に?」
僕は聞いた。
この時間にやっている店はそうそうあるものではない気がした。
「うん、そう。こんな時間に」
僕はそのあと、清水と共に飲んだらしい。
よく覚えていなかった。酔った勢いか、どちらかが口説いたのか。
僕は気付くとホテルのベッドで夜を明かしていた。隣で眠る清水も、そして僕も裸だった。
二日酔いで頭が痛く、ぼんやりとしたまどろみの中から抜け出せない。