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不感
【大人 恋愛小説】

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不感-1

生きていれば、いつか本当の愛を見つけることができる。
僕は昔、本気でそう思っていた。
その頃はまだ若かったし、成り行きの恋しか知らなかった。
1リットルの水を飲めば1リットル分だけ太る。そんな直線的な考えに近かったかもしれない。
本当の愛を見つけることに諦めをつけて、成り行き任せの恋が実を結んだとき、僕の思想は湾曲した。
つまり、1リットルの水は1リットル分の脂肪を蓄えることができないとわかったのだ。
それは理解だったのかもしれないし、和解だったのかもしれなかったが、今の僕にはそのどちらだったかを思い出すことはできなくなっていた。
仕事が終わり、家のドアを開ければ、そこには妻がいる。
それだけで腹一杯だった。
靴を脱ぎ中に入る。
明る過ぎず、暗過ぎない照明の光りが柔らかく僕を包んでくれた。
おかえり。
優子の声がキッチンから聞こえて、ただいま、と返した。
僕はテーブルの椅子に腰を落として、小さな灰皿を引き寄せた。
煙草に火をつけて、煙を吸い込むと落ち着いた。
「ねえ、ちょっとは手伝ってよ」

料理を僕の前に持ってきた優子が言った。
ちょうどビールも飲みたかった僕は「わかったよ。手伝う」と言ってキッチンに向かった。
冷蔵庫を開けて買い置きしてあった缶ビールを一本取り出し、大皿に盛られた餃子と一緒にテーブルに運んだ。
湯気に乗って、食欲をそそる匂いが僕の鼻まで立ち上ってきた。
僕はそれを嗅ぎながら、ごみ箱の中に冷凍餃子の空きパックを見つけた。
安かったのかもしれない。彼女がこういう出来合いの料理に手を出すときは、決まってそういうことだった。
テーブルにその二つを置いて、その二つのうち一つは僕の座るはずの場所に置いた。
すぐに座らなかったのは、まだ箸もご飯もコップすらも、テーブルの上にその顔を見せていなかったからだ。
再びキッチンに戻り、二人分の箸と取り皿を受け取った。
それを持って彼女より先にテーブルについた僕は、とりあえず缶ビールの詮を開けた。
プシュ、と気の抜ける音を聞いて、冷たい中身を一口含んだ。
缶の側面に集まった水滴が僕の手を冷やし、あるいは濡らした。
茶碗にご飯を盛って、それを二つ持ってきた彼女が嫌味に僕を見た。

「先に始めないでよ」

椅子に座り、僕の分のご飯を寄越しながら言った。
ごめん。
謝りながらビールを置いて、いただきます、と手を合わせた。
僕は食べながら、話しの種を探した。
黙々と食事をするのも味気ない気がしたのだ。

「そういえば、今日、松田部長に会ったよ」

昼間に挨拶を交わした初老の男を思い出して、それが彼女の元上司だということも思い出した。

「ふうん。部長、変わってた?」

二つ目の餃子を咀嚼しながら彼女は言った。

「優子がいた頃よりは、うん、変わってた」

三口目のビールで喉を潤して、僕は言った。
たかが二年で起こった変化を彼の中に探してみると、やはりたかが二年の変化しか見つけられなかった。

「どう変わってたの?」

「生え際が後ろに下がってたし、下腹が前よりも膨らんでた。」

部長も苦労してるみたいね。
彼女が笑って、僕も笑った。


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