かつて久美子かく語りき-2
ああ、この人の顔見よると落ち着く……って、そうじゃなぁい!
「なんなん?藤川さん、ジュンが付き合いよるん知っとったん?」
私は二人を順繰りに見やった。藤川さんがちらとジュンに視線を送ると、彼女はこくこくと何度も頷いた。
「仕方ないなぁ。……えぇと。何度かね、お二人で来店してくださったんですよ。それで僕が何となーく間柄を察した、というワケです」
淹れたてのキリマンジャロを一口含むと、大分落ち着いてきた。
「そうなん……」
私は、はふんと一度だけ息を吐いた。
「黙っててゴメン!」
ジュンはそう言うや否や、両手を合わせて頭を下げだした。
「そんな、気にせんでええよ。めでたい事なんじゃけえ」
押し問答の末、ようやく頭を上げたジュンの顔は、先程とはうってかわって少女のようで、私はつい微笑んでしまった。
「お似合いでしたよ、二人とも」
藤川さんも同じように感じていたらしく、にこにこ笑っていた。
「さ、クレープお待たせ!ごゆっくりどうぞ」
ほかほかのクレープの中で冷え冷えのアイスがとろりと溶け出す。まるで、今のジュンみたいに。
「おめでと。ジュン」
「アリガト」
私とジュンはカップをコツンと鳴らしてから、クレープにかぶりついた。
「じゃあ、これからはあんまり一緒に遊べんなるね」
クレープ屋さんの帰り道、私は自分用のおみやげにクッキーを一袋。ジュンはマジメ君の分も二袋。路地に伸びる形の違う影を見て、私はちょっぴり寂しさを感じながら、並んで歩いていた。
「そんなコトない!イママデ通りだっ」
ジュンが私の手を強く握った。
でもね。
ふと見せるそんな表情だって、なんだか今までとは違って見える。
知らん間に、オトナになりよるんね。ジュン。
「クミコ?」
私は一度だけまばたきをした。
「これからもよろしく。ジュン」
ジュンは大きな瞳を細めて笑った。
はっきり言って、マジメ君とジュンの組合せ。私を始め日本文学研究室のみんなにとって、青天のヘキレキだった。
かたや皆から好かれる存在。かたや皆から煙たがられる存在。
ほんまかいね?って何度も思った。けれど、最近のマジメ君を見てると信じざるを得ない。
まず第一に、いつもの黒ブチ眼鏡に、後ろになでつけたヘアスタイルじゃなくなったのだ。
今はふわふわの猫っ毛をそのままにしてある。日文研究室では、あの髪に触りたい!などと言い出す者も現れる始末。
第二に、彼が自分から人に話し掛けるようになり、周りに人の輪ができるようになった。
第三に、私と彼も大の仲良しになった。
「滝田君!ごめん、遅刻した〜」
今日は文学部前で、彼と待ち合わせだ。
「ごめんね、茅野さん。お忙しいところ」
滝田君はぺこりと頭を下げた。彼は華奢なせいか、背が高いのにあまり威圧感が無い。
草色のVネックセーターにジャケットを羽織っている。むき出しの真っ白な首筋が色っぽくて、私は少し鼓動を急かしながら、彼と並んで商店街へ歩き出した。今日は来たる4月のジュンの誕生日プレゼントの買い出しだ。
私はいいって言いよるのに、ジュンが3人でパーティーをするんだって聞かんのんよ。……変に気ぃ遣われるんは、しんどい。
隣を歩く滝田君が頭を掻きながら、すまなそうに口を開く。
「プレゼント。しばらく考えたんだけど……。食べ物以外、さあっぱり思いつかないんです」
その姿から、進退窮まれりの感がひしひしと伝わってくる。
「そうじゃねぇ。あの子、食べ物以外にこだわり無いけぇね」
「そうですよねぇ」
滝田君の即答に、私は思わず笑ってしまった。