無謀2-1
玄関を入ると右側に階段があり、フローリングの廊下の先にはリビングと浴室、トイレ、手前に奈津子たちの寝室がある。恵が小さいときには一番広いこの部屋に三人で寝ていたが、小学校の高学年になると一人部屋を欲しがるようになったためそのまま二人の寝室となった、と奈津子から聞いていた。
左側に腰の位置よりやや高い据え付けの下駄箱があり、うすく模様の入った白いレースが敷かれている。その上にシックな色の細長い花瓶がひとつ置いてあった。その手の美的センスは持ち合わせていない田倉だがレースも花瓶も、種類は分からないが生けてある花にも気品を感じた。
無機質極まりない玄関が、花瓶に生けた花ひとつで高尚さを醸し出していた。家庭を守り部屋を彩り、生きた家にする主婦としての奈津子のセンスを垣間見た。奈津子の全てを知っているつもりになっていた田倉はショックを感じた。未知の才能に恐れをなし、ここへは来るべきではなかったと、激しい後悔の念に駆られたのである。だが奈津子の言った「わたしたちの大事な家」の言葉に激高し後悔の念もたちまち薄れ、さらにスーツ姿の奈津子を目の前に、その恐怖を凌駕する性欲に負け――勝ち? ――、禁断の一歩を踏み出してしまった。この機を逃せばチャンスは二度とない。
夫から電話を受けながらその妻を抱いた、人の道にもとる行為はすでに行っている。卑劣な方法で邪魔な夫を遠ざけもした。愛欲に溺れたばかな男が考えそうなことだ。幸福へと続く道とはとても思えないが、もはや計画を実行する意外に田倉に選択はなかった。
奈津子を廊下の壁でサンドイッチにして、玄関からほど近い、こんな場所で田倉はこと始めた。指先に熱気が感じられる。まるで温かいタオルに包まれているようだ。直接的な湿り気はまだ伝わってこないが中は潤み始めているはずだ。体中に熱い血が広がりつつある。その証拠につかんでいた手を離しても、あんなに強く押し返していたのが、責め続ける田倉の腕を握るだけに変わっていた。
開いたり閉じたりする奈津子の手にはペニスをこすりつけている。というよりもはや奈津子が握りしめていると言ってもよい。それに気づいたのか慌てて手を開く。
唇を吸おうとすると首を振って逃げるが呼吸は乱れている。クレバスに添って後ろの窄まりまで探り当てるように指先を潜り込ませていく。駄々をこねるように首を振る小さなあごをつかんで顔を自分の方に向ける。熱い吐息は柑橘系の香りがした。自分の住む家の中では許さない、とばかりに首を振りキスを拒む。体を持ち上げんばかりに指先に力を入れると奈津子は呻いた。
「ああ、少し力を入れすぎました」とは言ったが、謝ったわけではない。キスをいやがる奈津子に苛つき、思わずそこを引っ掻いたのだ。奈津子を知ってから性格が変わったのではない。初めからそうだったのだ。恐ろしく気が短かい。よくぞ今まで会社で大きな揉め事もなく、ここまでこれたものだ。
いつもなら唇をピタリと押し当て、たちまちに舌を絡めて甘い唾液を吸わせるのだが、こんなに拒んだのは初めてだった。もっともこの流れでは拒むのも分からないでもない、と思い苦笑した。