同窓会-1
――二日後の金曜日。
駅から出てくる雑踏をよけながら、亜紀はその中華料理店を目指した。
歩きながら彼女は、遼もこの会に参加するのだろうか、と考えたりした。小林から乱暴されそうになった時、助けてくれた遼は、つき合っていた頃と同じような目をしていた。思えば高校生の時からいつも優しく自分のことを見ていてくれていた。
彼から別れを告げられた時、どうして自分がうなずいてしまったのか、と亜紀は時折考えることがあった。しかしあれから三年が経ち、二人の間には少しずつ目に見えないものが、雪のように音もなく降り積もっているような感じがしているのも事実だった。
同窓会の会場に着いた亜紀を真っ先に出迎えたのは狩谷省悟だった。
「よお! 来てくれたな、亜紀ちゃん。待ってたんだぜ」
省悟は亜紀の手を引いて自分の席の横に座らせた。
「狩谷くん、久しぶりだね。元気だった? って、元気そうだね」
亜紀のグラスに省悟の手でビールがなみなみと注がれた。
「俺は元気が取り柄だかんな」省悟は笑いながらグラスを亜紀のそれに触れさせた。そして注がれたビールをごくごくと一気に飲み干した。
「亜紀ちゃんも飲めよ。せっかく来たんだから」
「う、うん」
「遼とは会ってるのか?」
亜紀はどきりとして伸ばしかけた箸を止めた。
「まだつき合ってんだろ?」
「……」
「どうした?」
「別れたよ。もうずいぶん前に」
「へ? そうなのか?」省悟は意外そうな顔をした。「なんでまた……」
「なんでだろうね……」
「自然消滅?」
「……そうかも」
省悟は亜紀に身体を向けた。
「じゃあさ、俺、今ここで亜紀にコクっていいか?」
「えっ?」亜紀はびっくりして省悟の顔を見た。
「今、フリーなんだろ?」
「そ、そうだけど……」
「再挑戦ってやつ?」
「なに、それ……」
省悟は少し照れくさそうに肩をすくめた。「高校ん時、遼と俺はおまえの取り合いになっただろ?」
亜紀は思わず省悟から目を背け、目の前のグラスに手を掛けた。「……そうだったね」
「あん時は遼がまんまとおまえをかっさらっていっちまって、俺は敗北した。だから再挑戦」省悟は亜紀の目を見つめた。「フリーなんだろ? 今は」省悟は念を押すように言った。
省悟はそれから、一度も席を立たず、他の参加者ともほとんど口をきくことなく亜紀を口説き続けた。亜紀は初め、そんな省悟を鬱陶しく思っていたが、酒を勧められ、甘い言葉を囁かれ、絶妙なバランスで押されたり引かれたりするうちに、亜紀は次第にこの男性に甘えたいという気持ちになっていった。それは数日前部長の小林に乱暴されそうになった時の心の動揺を鎮めたいという意思も少しばかり働いていた。
だが、自分の本心はこことは別の所にある、ということも亜紀自身解っていた。
省悟は、会がまだ盛り上がっている最中に、亜紀の手を取った。亜紀は少し足をふらつかせながら、省悟の腕につかまってよろよろと立ち上がった。
「亜紀のやつ、飲み過ぎたみてえだから、俺、送ってくよ」
近くで焼酎のお湯割りを飲んでいた男友達にそう小声で告げると、省悟は亜紀を連れてその会場を後にした。
省悟に肩をもたせかけながら亜紀は歩いた。半分閉じたとろんとした目は、歩く先のアスファルトに向けられていた。
「大丈夫か? 亜紀ちゃん」
「うん、うん、大丈夫だよ」
点字ブロックに足を取られて亜紀がよろめいた。省悟はとっさに彼女の肩を抱きかかえた。亜紀は上気させた顔を省悟に向け、うつろで悲しそうな瞳でその同級生を見つめた。「あ、ありがとう……」
省悟は意を決したように亜紀の耳元で囁いた。「どこかで休もうか?」
亜紀はコクンとうなずいた。
大きなベッドのそばに亜紀はじっと佇み、うつむいていた。省悟は背後から彼女をそっと抱いた。
亜紀は動かなかった。
腕を解き、省悟は亜紀の身体を自分の方に向けた。そしてその潤んだ瞳を見つめ、頬を両手で包み込んだ。
「亜紀ちゃん……」
省悟はゆっくりと亜紀の唇に自分のそれを近づけた。