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雨が雪に変わる夜に
【女性向け 官能小説】

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初仕事-4

 その時!

「そこで何をしている!」
 力強い男性の声がした。

 小林は、弾かれたように亜紀の身体を解放した。

 通りからその路地に向かって声を掛けたその若い警察官は、亜紀が佇んでいる所へ走り込んできた。
「りょ、遼……」亜紀はやっと聞こえるぐらいの小さな声でそう言うと、その警官の背後に回り、身を縮めた。

 遼は酔って顔を赤くした男に身体を向けた。
「明らかに嫌がっていたようですが」
「わ、私は何もしていない……」小林は動揺したように目を泳がせた。
 遼は亜紀に顔を向けた。「何かされましたか?」
「キスされそうに……なりました」
「他には?」
「この人に腕を掴まれて、無理矢理抱きつかれて……」亜紀の瞳に涙が宿った。
「本当ですか?」遼は再び小林に向き直った。
「ご、誤解だ……」
「事情をお訊きしてもよろしいですか?」

 遼が小林に一歩近づいた時、その男は出し抜けにその若い警察官の横をすり抜け、猛スピードで駆け去っていった。

「本当に、他に何もされなかった?」遼は亜紀の目を見つめて言った。
「……うん」
 遼はポケットからライトグリーンのハンカチを取り出したが、目の前のその女性に差し出すのを躊躇した。彼は亜紀に気づかれないようにそのままハンカチをポケットに戻した。その間に亜紀は自分のバッグからレースのハンカチを取り出し、瞳に堪った涙を拭いた。
「送っていくよ」

 亜紀のアパートに着くまで、二人はほとんど何も言葉を交わさなかった。

 亜紀のアパートの二階への階段の前で、彼女は遼に身体を向けてぎこちなく微笑んだ。
「あの……、どうも、ありがとう。助かった」そしてうつむいた。
「うん」

 亜紀は、ふと顔を上げた。「あ、あの……」
「え?」
「気づいてくれて……嬉しかったよ」
「そうか……」遼は照れたように頭を掻いた。
「いつもあの辺りをパトロールしてるの?」
「う、うん。8時にシンチョコに立ち寄って、そこからアーケードを回ってぐるっとあの辺りまで。今日は公園の放置自転車の処理を手伝ってたから、ちょっと時間がかかったけど……」
「そう……。仕事、がんばってるんだね」
 亜紀はぎこちない笑みを浮かべた。

「そ、それじゃ、僕はこれで」
 遼は亜紀に一礼して、慌てたようにその場を離れた。

 亜紀は去っていく遼の後ろ姿をずっと見つめていた。


 亜紀の勤める会社では、その後、社長からも、他の上司からもリストラに関する話はなかった。ただ、部長の小林と顔を合わせたくなかった亜紀は、ずっと同じ課の同僚と行動を共にしていた。だが、小林も、あれ以来亜紀に近づくことはなかった。それでもその男は、時折亜紀のことを真顔でじっと見つめることがあった。亜紀はその度にあの背中を走る寒気を覚え、思わず席を離れるのだった。



 7日。水曜日。亜紀がシャワーを済ませた後、タオルで髪を拭いている時、ベッドの上に置いていたケータイが鳴った。
 亜紀はそれを手に取り、ディスプレイを見た。登録されていない番号だった。
 彼女は少し不安に駆られながら、受話ボタンを押した。

『亜紀ちゃん?』
 電話の向こうで明るく弾けるような声がした。
「え?」
『俺だよ、俺。省悟』
「省悟? え? あ、狩谷くん?」
『良かった。まだ覚えててくれてよ』

 狩谷省悟(26)。現在この街を中心に宅配便のドライバーをやっている青年だった。彼と亜紀、それに遼とは同じ高校の同級生同士だった。

「どうしたの? いきなり」ケータイを耳に当てたまま亜紀はベッドに腰掛けた。
『ごめん、勝手におまえの電話番号、友達に教えてもらっちゃって。びっくりしただろ?』
「いいよ。気にしないで。で、何か用だった?」
『明後日の同窓会、来るんだろ?』
「え? 同窓会?」
『そうだよ。通知来てなかったか? おまえに』

 亜紀は昨年末に届いていたはがきを思い出した。明後日の土曜日、駅近くの中華料理店で高校時代の同窓会が開かれるという案内だった。
 亜紀は同窓会で遼と顔を合わせるのも気まずかったし、友人達に遼とのつき合いのことについてあれこれ訊かれるのも面倒だったので、そのままにしておいたのだった。

「はがきは……見たけど……」
『おまえ、近くに住んでんだろ? 来いよ。久しぶりに話そうぜ』

 省悟のその底抜けに明るい声を聞いて、亜紀は心が少しずつほぐれていく感じがした。同時に会社でのもやもやした気分を吹き飛ばしたいという気にもなっていた。
「そうだね。返事してなかったけど、行ってもいい?」
『もちろんだ。待ってっぞ。絶対来いよ、絶対だからな』
 亜紀は笑いながら言った。「狩谷くんったら、張り切り過ぎだよ」


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