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鳳仙花
【その他 官能小説】

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鳳仙花-2

(2)


 葉月が点滅し始めた交差点を走ってくる。口元から白い歯が覗いている。かすかだが笑顔であった。黄色いワンピースの裾が翻っていた。

「ありがとう」
息を弾ませ、顔には滴るほど汗をかいていた。陽が傾いたとはいえ八月半ばである。
「ちょうど、本屋に来てたから」
「よかった。どっち曲がるのかわからなかった」
「こっち行くんだ」
歩き出してから、ぼくは無言で彼女のバッグを取った。ずしりと重い。
「ありがとう……」
少し早歩きになって、葉月は遅れ気味になった。
 玄関の前でぼくはバッグを葉月に渡した。母に見られるのがいやだった。

「よく一人で来られたわね。迷わなかった?」
母はさすがに面と向って厭な顔は見せない。
「はい、少し……」
葉月はぼくを窺ってから、
「でも、何とかわかりました」
「そう。少しの間だけどゆっくりして。親戚になったんだから」
そしてぼくに向かって、
「仲良くしてあげなさいよ。従兄妹になったんだから」
言葉には微妙な響きが感じられた。温かさが含まれていなかった。葉月はどう思っただろう。

 彼女はなぜぼくと会ったことを言わなかったのだろうと考えた。バッグを返したことで何かを感じたのかもしれない。親戚になった、といっても実際は血縁はない。肩身の狭い自分の立場だってわかっていると思う。結婚には当初、双方の家に反対の声があったことはぼくの耳にも入っていた。当然彼女も知っていたはずだ。
 歓迎されるはずのない家にたった一人でやってくる。どんなに心が重かっただろう。
「よろしくお願いします」
葉月は緊張の面持ちで母とぼくに手をついて頭を下げた。

 彼女の部屋はに二階の四畳半でぼくの部屋とは襖で仕切られた隣である。ふだん使わないのでカーテンもなく殺風景な部屋で物置き代わりに炬燵やストーブが置いてある。とりあえず寝るスペースは片づけて確保したが、そんな用途の部屋だからエアコンはない。
「暑いんじゃない?」
前日、掃除をしながら母に言うと、
「寝られるだけいいだろう?贅沢言わせないよ」
「こんなとこ、寝られるか?」
西日が当たってとても暑い部屋だ。夏は夜になっても蒸し風呂のようで母だってそれは知っている。
「しょうがないだろ。扇風機で我慢してもらうよ」
たしかに仕方がないのだが、母の言い方が気に食わなかった。

 いつも帰りが遅い父が夕食時にいてくれたのは助かった。温和な父がいると気まずさが紛れる。
「明日から夏休みだからみんなでどこか行くか」
父が言い、M高原はどうだろうとぼくらの顔を見回した。そこにはいくつものテーマパークがあり、葉月は行ったことがないという。
「それじゃ決まりだ」
「あたしは留守番してますよ」
母の一言で雰囲気が澱んだ。
「せっかくだから行こうよ」
「三人で行ってきて。女にはやることがいくらでもあるのよ。遊んでられないわ」
葉月の顔が曇ったように見えた。
「それじゃ、三人で行こう。朝、早めに出るぞ」
父は母の厭味な言葉を一蹴するように明るく笑い、さらに、
「お弁当はどうするんです?早いとなれば準備があるわ」
「いや、いらない。サービスエリアで食べる。たまにはそれもいい」
父も母の言い方にカチンときたらしく即座に答えた。

 食事が終わると葉月は自分から食器を片づけ、台所に運んだ。
「洗うのお手伝いします」
流しに立った葉月に、母は冷淡に言い放った。
「いいの。余計なことはいいの」
その口ぶりはまるで非難するように聞こえた。
「すいません……」
葉月はちょっとびっくりした様子だった。
「台所はね。その家の主婦の城なのよ。気持ちはありがたいけど、あなたは部屋で勉強でもしてらっしゃい」
父が溜息をついた。
「せっかく手伝ってくれようとしてるのにそんな言い方はないぞ」
「だって、お預かりしてる娘さんですから、洗い物なんかさせられませんよ」
「正彦の娘になったんだよ。俺たちの姪なんだから」
「そんな、急に言われてもね……」
葉月はそのやり取りの間に挟まってどうしていいかわからずに俯いていた。

 葉月が二階に上がっていくと、父が母に声を押し殺して言った。
「あの子の気持ちを考えてみたか?少しは思い遣ってあげたらどうだ」
「思い遣ってますよ。だからこうして預かってるんじゃないですか」
 母の言い方は何かにつけて悪意が感じられた。葉月もそう思ったにちがいない。
(母は意地悪だ……)
ぼくはだんだん腹が立ってきていた。テレビも面白くなくて、気まずい空気に耐えられなくなり、部屋に行こうとすると、父が、
「あの子、風呂は入ったのか?」
ぼくは食事前にシャワーを浴び、父は帰宅すると風呂に入った。母はいつも寝る前に入る。
(そういえば……)
「まだ入ってないね」
「かわいそうに。暑い中来たんだろう。入るように言ってきなさい」
「うん……」
ちょうど気まずい雰囲気から逃れたかったのでいいタイミングだった。

 無造作に隣の襖を開けたのはぼくに何ら思惑がなかったということだ。ただ、風呂に入るよう伝えるために開けたのだった。

 彼女と目が合い、ぼくは一瞬、言葉に詰まっただけでなく、体も固まった。葉月は裸だったのである。
 咄嗟に襖を閉めることも出来ず、図らずも葉月の裸身を見つめることになった。ワンピースが脱ぎ捨てられたパンツ姿。彼女はタオルで体を拭っていた。
 小さな乳房、乳首、白いパンツの尻の丸みがぼくの脳に焼きついた。

「お風呂、入りなって……」
葉月は驚いた顔を見せながらも体を隠すでもなく、
「ありがとう」
言ってからそっと胸にタオルを当てた。
 
 
 

 


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