目覚めの朝-2
ケネスは静かに話し始めた。「おまえはほんまは優しい少年や。ちっこい頃から見とるからようわかっとる。そんなおまえがただの復讐のためだけにその先生に乱暴するわけあれへん。そやろ?」
「……」
「それに、おまえ、先生の中に突っ込んだこと、まだあれへんのやろ? セックスまでいってへんのやろ?」
将太は唇を噛みしめて黙っていた。
「おまえは、その先生に惚れとるんとちゃうか?」
「……違うし……」
「ひょっとしたら、その先生もおまえに心奪われ始めとんのかもしれへんぞ」
将太は動揺したように身を固くして目を伏せた。「た、単なるエロ教師なんだろ」
「考えてみ、学校の中っちゅうリスク満載の場所でやで、昼間っから、しかも毎週決まって水曜日に、おまえの相手しとるんや。ただのエロ教師やったら、おまえをホテルに連れ込むなり、自分の部屋に連れ込むなりするもんやろ? しかも曜日関係なく。彼女がなんでそんな危険を冒してまで学校で毎週毎週おまえにつき合うとるんか、っちゅうことが問題なんや」
「……」
「水曜日、っちゅう決まった日に、覚悟を決めておまえにぶっかけられて汚されとる。その先生には、何か思いがあるはずや」
ケネスは静かに言った。「好きなんやろ? 将太」
「あいつが、あいつがかあちゃんに似てるからいけないんだ!」将太は拳を握りしめた。「俺、俺、かあちゃん大好きだったんだ!」将太の目から涙が溢れ始めた。「なのに、なのにっ! んっ! んっ!」
「将太……」
「俺、鷲尾先生に初めて抱きしめられた。昨日。俺、復讐のつもりで出して、ぶっかけてやったのに、先生は俺を抱きしめてくれたんだ。縛ったり、服破ったり、乱暴なことばっかしてたのに、あの人、俺をぎゅって……」
将太は肩を震わせて泣いた。
ケネスは立ち上がり、将太の横の椅子に座り直して、その肩に手を回した。
店の奥から開店の準備をしていたマユミがケネスに視線を送った。ケネスはマユミに目を向けてかすかにうなずいた。
「ケニーおっちゃん……」
「なんや?」
「おっちゃんは、なんで俺を殴らないんだ?」
「なんや、おまえ殴られたいんか? M男なんか?」
将太は涙を拭って呆れたように笑った。「違うし」
「おやっさんから殴られたりしたこと、ないんか? 将太」
「じいちゃんは……」将太は一瞬言葉を詰まらせた。「中学校の頃までは、俺をたたいてくれてた」
「中学校?」
「病気の親父からは、そんなことされたことない」
「そうやろな……」
「でも、かあちゃんが出て行ってから、俺、今まで一度も殴られたことない」
「そうなんか?」
「あんまり厳しくなくなったんだ、じいちゃん」
「……」
「……なんでかな」
「おまえが不憫でしかたないんやな、おやっさん……」
「ふびん? ふびんって?」
「ちゃんとしつけなあかん、思てるけど、可愛い孫が自分から離れていくのんも怖い。親のいないおまえをどう扱うていいか、わからへんねんな、おそらく……」
将太は顔を上げた。「じゃあ、じいちゃんの代わりにおっちゃんが殴ってよ、俺を」
「実はな、さっきおまえが先生を犯した、言うた時、危うく殴りかかるとこやった」
「殴ってもよかったのに」
「おまえを殴れば、テーブルがひっくり返って壊れーの、上に乗っとるカップが落ちて割れーの、床がコーヒーで汚れーの。後が大変や。わい逆上したら手加減なしやからな。健太郎がタバコに手え出した時は、リビングのテーブル一台、コーヒーカップとソーサー2客、ほんで健太郎のシャツと前歯おしゃかにしてしもた。」
「えっ? あの時の健太郎、おっちゃんの仕業だったの?」
「仕業てなんや、わいは親としてあいつを指導したんやないか」
「顔、思いっきり腫らしてたじゃん。高一の時だったよね……」
「友達に誘われた、言うて言い訳しくさったから、わい許さへんかってん」
将太は神妙な顔で、ごくりと唾を飲み込んだ。
「お、おっちゃん、そんなに厳しい人だったんだ……」
「親の責任や。子がまっとうに生きていくためには、心を鬼にせなあかんことかてある」